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その男、薮の彼方に消ゆ

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2011年 10月 25日

森に移ろう時の狭間に

幾十日という時間が、この森に流れた。


僕が最初にここを訪れたのは、蝉時雨が降り注ぐ、真夏の或る日。沸き立つような入道雲がもうすぐ大粒の雨を落としてくるだろうと案じながら、僕はこの森のはずれに立った。その日、ひとり表銀座の稜線からてくてく歩き通して稜線から降りてきた。まだ時間があるからと何気なくこの森に足を踏み入れ、森の奥にあるひと抱えもある楢(なら)の巨樹に魅入っていた。見上げた梢の先に、真っ青な真夏の空。おや、夕立雲は去ったらしい。



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(これは再訪した折りのこと)


この森のことが気になって、九月に入って再び訪れる。そしてしばらく、僕はこの森で過ごした。いや、正確には、今もこの森に居る。



楢や楓(かえで)にわずかに針葉樹が混じるこの森の一角に、ふしぎな窓がある。

見上げると、ある一カ所だけ梢が途切れ、空が見えているのだ。かつてこの場所を占める一本の樹があったのだろうか、そしてその樹が倒れあるいは伐られ、森の天井に穴が開いたのだろうか。


僕はこの穴を「窓」と呼んだ。



森の窓。9月29日。まだみどり濃く、葉もみずみずしい。

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一本の樹が倒れたというのは、間違いだった。林床のどこにも、切り株も倒木も無かったのだ。




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10月に入ると、窓辺も急に色づきはじめた。そういえば肌寒いような日が続き、すすきの穂が広がりはじめていた。


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森は、いつの間にか、秋の装いへと姿を変えていた。夏の間中、秋の初めにも聞こえていた甲高い鳥の声は聞こえず、猿たちの騒ぐ気配と、栗鼠たちが走り回るかさかさという音だけが、森を渡ってくる。



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この前日、熊の気配を感じた。地面に残された足跡とふんが、彼らが旺盛な食欲で秋の豊穣を拾い廻っていることを知らせてくれる。




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輝くように晴れた朝。いつの間にか10月も下旬に入っていた。楢の梢は彩度を下げて、枯れかけた葉をかろうじて枝先に残している。幾日か続けて、霜を見た。






ある夜、激しい雨と強い風が森を揺さぶり山を鳴らし、沢を轟かせた。


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空の色彩は、秋のものではなくなっていた。うら寂しいばかりに枯れかけた葉を残した梢は、冬の訪れにおののいているように見えた。



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まもなく11月を迎える。森から栗鼠たちの気配が消えた。しかし熊たちは盛んに歩き回り、どんぐりを探し求め、きのこに齧りつく。

幾十日という時間だけが流れ去った。森の秋はいつの間にか終わりを告げ、静かな、長くきびしい冬の始まりを迎えていたのだ。


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僕はもうしばらく、この森が雪に覆われ、北ア・常念山脈の山々が閉ざされる日まで、眺めていよう。

by yabukogi | 2011-10-25 18:13 | 北アルプス・常念山脈


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