8月27日金曜日。朝。
登校する長男坊をバス通りの交差点まで送ってやろうと、家を出る。
とうちゃん、足に湿布がついてるよ。
坊主に指摘され、苦笑しながらアキレス腱上の鎮痛消炎テープを剥がす。
同時に脚の痛みがすっかり消えていることにも気付いた。
そう、昨日までは確かに、痛みという感覚があったのだ。
山から帰って足に出た筋肉痛までが、去った...。
そうか、山を歩いた折りの生々しい感覚。帰ってからの痛み。
そういったものはゆっくりと僕の中に沈殿しはじめていて、
やがてひとつの記憶と体験として、定着されてゆくのだろう。
この定着のプロセスを、僕は心のどこかで拒んでいる。
安易に定着させたくない。いや、生々しい感覚を失いたくない。
まだ僕には、今回の山旅を過去のこととして
受け入れる用意ができていないのだ。
◇◆◇
ブーツは帰った翌朝に洗って干した。
テントも干してたたんだ。
クッカーも洗って、何もかも山に出かける前と同じように手入れして整えた。
部屋の中の風景は、先週も今週も変わらない。
ほんとうに僕は、あの美しい山を歩いたのだろうか。
決定的に違う部分がある。
それは、ハイバックチェアに座っている僕が、
いきいきと登山計画書を作っているか、
ぼうっとしたまま庭を眺めてるかの違いだ。
僕は、魂をどこかに置いてきてしまったのだろうか。
僕はあの美しい山を、間違いなく、歩いたのだ。
◇◆◇
遅かれ早かれ、定着のプロセスはやってくるだろう。
【槍隊放題】は、記憶と経験という透明なガラス瓶に、
やがて封印されてしまうのだ。
劔を味わうなんていう、こんないたずらな光景とともに。
がぶんちょす。
がぶんちょす(c)放置民
放置民によるピークイートのこと