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2010年 06月 01日
端座して、静かに告げなくてはならない。 味たま載せ、普通で。 このとき、決して慌てたり舞い上がったりはしゃいだりしてはならない。 奮い立ったりむせ返ったり勢い付いたりしてもならない。 ましてや猛々しく叫ぶなど、もってのほかである。 静かに、こころ静かに、待つ。 茶席で過ごす時間と、なにも変わりはない。 息を荒げたり鼻孔を広げたり隣席のどんぶりを 物欲しそうに覗き込んだりしてはならない。 だからといって深呼吸するにも、無理がある。 カウンタさん、あがりっ。 この声が聞こえると、間もなくである。 数秒で届く。 しかし、だからといって首を伸ばして厨房を見やったり 箸に手を伸ばしたり割ったり、 目の前の辛もやしをむさぼったりすることも控える。 おまちっ。 この声で、どんぶりが、ようやく来る。 遠くに暮らすこいびとが乗った列車がホームに滑り込んできて 徐々に速度を落としやがて止まって、 しゅうぅっという音とともにドアが開く瞬間に似ている。 ![]() ごとんと、どんぶりが置かれる。 これはもう、自分のものである。 汁をすすろうが麺に喰らい付こうが卵をがぶりとやろうが、 自由である。 遠くに暮らすこいびとがはるばるやって来て、 語らいにもふれあいにも和んで、という時間にも似ている。 僕の場合は、ひと掬いだけ、スープをいただく。 この瞬間、あわわわとくぐもった声を抑えることは、できない。 ほんなごつ、うまかっ! 滋味溢れまろやかにしてこくも香りも豊かな、 至極の豚骨スープである。 さっぱりと白くまったりと濃厚にして乳化の具合も最高、 天と地が融合して人の世に贈り賜うたスープである。 この星の上で、もっとも尊いスープである。 味噌も醤油も混じらぬ、本物のスープである。 このひと掬いは、たましいのひと掬いなのだ。 だから、うつけ者は、むさぼるように、スープを飲む。 馬鹿め。後で泣きを見る。 つとめて心を落ち着けながら、 泣きたくなる、 叫びたくなる衝動を押さえ込みながら、 麺をいただく。 まっすぐな細い麺。 太かったり縮れているような邪悪な麺がはびこる世の中で、 正しく、美しく、清らかで、そしておいしい麺である。 慎重に、時をはかる。 ひと箸につまみ取る麺の量も慎重でなくてはならない。 いっそひとくちですすり込んでしまいたい。 しかし少しずつ、忍耐を積み重ねながら、箸を口元に運ぶ。 あとふたくちで麺が空になるという間合いで、手を挙げて叫ぶ。 声にするのではなく、叫ぶ。 替え玉!普通! 叫んでから、残りの麺をいただく。 しかしスープを極力減らさぬように、ていねいにいただく。 そして、麺は尽きる。 あと30秒、麺の無い空虚な時がうつろうことを承知の上で、 焼豚を口に放り込む。 無造作のようでいて大切に味わいながら咀嚼し、 名残惜しんでから嚥下する。その瞬間。 替え玉おまちっ。 ![]() 興奮してはいけない。 落ち着いて。落ち着いて。 麺をどんぶりに滑り込ませる前に、 専用のたれをすこし、垂らす。 続いて待望の麺が入る。さぁっ! まて! そのまえに、胡椒を振る。 胡麻を擦る。 このわずかな時間に麺がスープに、なじむ。 そしてふたたび、黙々と麺を味わう。 スープを減らさぬよう、慎重にていねいに。 スープを? そう、まだスープを温存しなくてはならないのだ。 理由は、やがてわかる。 あとふたくち、のところに来た。 叫ばなくていいのか? いいのだ。 麺をすべて、味わうのだ。 今度は静かに告げよう。 しかし、毅然とした態度で。 背筋を伸ばして。 恥じらうこと無く。 ためらうことも、まして無く。 替え玉。普通で。 空虚な時間が恐ろしくないのか? ふふん。いいのだ。 味付け玉子を愉しむ時間だよ。 こころゆくまで。 ![]() 声が聞こえる。 僕の二枚目の替え玉、 つまり都合三玉目の麺が茹で上がったのだ。 慌てるな。 待っていれば、ちゃんと来る。 その前に、このひとつの玉子に、 玉子に専念するのだ。 邪念雑念を払い、無心に帰れ。 替え玉おまちっ。 うろたえるな! 黙って麺をどんぶりに投じるのだ。 スープの残りは少ないぞ。 また、たれを垂らす。 胡麻を擦る。 紅ショウガを、少しだけ。 はふはふっ、ぐわっ、はふっ、じゅるっ。 もう何もためらうことはない。 スープもがっつりいくのだ。 麺も、底に沈むキクラゲも、 渾然一体となって己の肉体に取り込まれていくのだ。 一滴たりとて、残すんじゃないっ! ![]() 僕をして【豚骨原理主義者】と誉れ高く呼んでくれたのは、うちの幕営団のkimatsu部長。 そして僕が豚骨原理主義者であり続けられるのは、この店のおかげ。松本市元町3丁目、のろし。 ![]()
by yabukogi
| 2010-06-01 10:51
| 喰い物のこと
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