数日前。あたたかい午後、ベランダに出て乗鞍岳を眺めていた。まっしろだな。
そのとき、ささやくような川の音が聞こえていることに気付いて、耳を澄ませる。このベランダまで川音が聞こえるのは、大雨のあとだけ。ふだんはさらさらと瀬音を立てていても、5階のここまでは届かないのだ。おや? 雨上がりのように、たっぷりの流れが見えている。
橋のたもとからみぎわに降りる階段があって、流れのほとりに立ってみた。川は、ふくれがっている。
女鳥羽川。美ヶ原北面の山中より湧き出す水を集め、松本市街地を流れて犀川水系・奈良井川に注ぐ。ちいさな里の川である。松本市街地にさしかかる頃、扇状地のごろごろの石ころ河原を流れると、水はぜんぶ地下に飲み込まれて涸れ川になる。それが、うちの近所の「桜橋」あたりまで来ると、今度は湧き水が川底にごんごん湧いてきて、また流れが復活する。
松本は、信州でも雪が少ない。日本海から流れてきた雪雲は、北アの稜線で大量の雪を落とし、山から降りたあとの安曇野・松本辺りでは、ただの乾いた風となるのだ。それでも美ヶ原周辺には積もる雪がある。その雪が、このところの暖かさで融けだしてきたのだろう。
女鳥羽川源流近くの、落葉松の尾根、標高1,500mぐらい。2008年3月8日の様子。古いトレースの上は踏み固められていたけれど、ふかふかのところは股まで潜る。裏山一帯がこんな雪を抱いてるのであれば、川がふくれるぐらいの雪解け水も流れ出すのだろう。
3月はじめ、信州松本は、まだ冬のさなかである。春の足音なんて、聞こえやしないと思っていた。それでも気が付けば、梅の梢に花が着き、これは桃か杏だろうか、愛らしい花を咲かせてるじゃないか。
いつのまにか、山国にも春が兆していた。晴れた空の下に常念岳を眺めれば、なんとなく眠たそうな空気である。ピントを合わせても、どことなく靄がかっている。春が来ていたのだ。
2010年3月5日 午前10時37分、松本市から見る常念岳と槍ヶ岳(左奥)。お山も少し、眠そうだ。