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2013年 04月 29日

春の森で猿のアレを思い出す

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裏山の森に、いく筋かの小径がつけられている。
満ちてきた信州の春を愉しもうと、木漏れ日の小径をぶらぶら歩こうと、珈琲道具と水筒だけを携えてこの森に分け入った。



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芽吹きはじめたばかりの森をゆく。



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散りかかった山桜の彼方に、常念。
左側の鞍部に、微かな白い突起が出ている。これは槍ではなくて、中岳。望遠レンズを(というかちゃんとしたカメラを)持っていなかったので、ごめんなさい。



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木立の中に、山頂の三角点。



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朽ちかけた木のテーブルに、この日の珈琲セット。アルコールストーブ一式を忍ばせたマグは450ml。



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35mmフィルムケースから取り出された、カーボンフェルトのコーン。ピンぼけ失礼。
スタンドは我らが炎のマエストロ、さんぽ師匠のCFストーブのもの。



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フィルムケースに「アルコール漬け」になっていたコーンに、燃料を少し加えて点火。



おや。この形状、以前にどこかでも見たような記憶が....。



やはりそうだ。
2008年早春の烏川渓谷で見かけた、猿の排泄物。これと全く同じ形状だ。
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完全に一致。



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これが思った以上に仕事する。カーボンフェルトを芯に、というアイディアを発案・提唱、そして改良なさった先人たちの苦労を思い浮かべる。ありがとうございます。

たしかにこの形状、燃費はやや悪いものの最大瞬間風速的に、良く燃える。気化の量や空気との接触面積とか、工夫ができそうだ。今回に関しては、コーンの径と高さをもうふた回り大きくしてやれば良いか....。







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この日はインスタント珈琲で。







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山麓の麦畑が、青々と茂ってきた。雲雀のさえずりも間近だろう。
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by yabukogi | 2013-04-29 07:04 | ぶらぶらと歩くこと
2013年 04月 27日

ある日、敗北感に包まれて

今日は、ウイスキーのことを書きます。


自分は、ウイスキーであります。
料理に合わせてワインもジャパンも楽しみますが、泡が出るやつはあまり呑みません。ウイスキーは昔から「角瓶」と決めていました。これを、井戸水で割ってマグを満たし、いただきます。井戸は、まつもと城下町湧水群のひとつ「鯛萬の井戸」です。
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そして毎月のおわりに数本の空き瓶をリサイクルに出していました。



数年前ですが、仕事が忙しくなって酒の量が増えました。ある月、リサイクル置き場に運んだ空瓶の本数が10本あったことも。大きなトートバッグにこの10本をがちゃりがちゃり、運んだわけです。

この日、空き瓶を置いた瞬間、ものすごい敗北感に、僕は包まれてしまいました。いつの間にか、月に10本もの空き瓶を....


我ながら、呆れました。ひと月にウイスキーを10本です。呑み過ぎです。僕は人間をやめる替わりに、角瓶をやめました。




それからは、ニッカにしました。BLACKとラベルに書かれた、安いニッカです。この価格で販売してはたして利益が出るのか、と疑問に思える価格です。700ml瓶で798円。4L入りのでっかいペットボトルが4,180円です。瓶で買うと、角瓶時代と何も変化がありません。毎月のおわりに、空き瓶をがちゃりがちゃり、リサイクルに出すわけですから。こうした理由で、4リットルのペットボトルを買うようになりました。



その頃、転居して井戸が遠くなりました。やむなく、水道水で割ります。松本市街地の水道水は、奈良井川上流の奈良井ダムから運ばれてきます。木曽駒ヶ岳の北に茶臼山(2652.7m)というピークがありますが、この辺を水源とする美味しい水です。なので、水道水自体がとても美味しいのです。近頃話題の東京水には敵わないと思いますが。

ところが、自分にはわずかなカルキ臭が感じられてしまいます。




あるとき沢登りに出かけた際、仲間のいのうえさんが、沢の水をボトル浄水器に汲んでフィルターで濾過して飲ませてくれました。泥臭さも何も無い『南アルプスの天然水』のような味わいでした。

僕も同じメーカーの浄水器を手に入れました。セイシェル社の『サバイバル3』という品物です。山や沢でも使いますが、ウイスキーを割る水に、もっぱら使用しています。
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こうして毎月、2本ぐらい、大きな4リットルのニッカが空になります。しかしラベルとキャップを外してしまえば、もう安いニッカが入っていたとは解りません。リサイクルに出す際も、スマートなものです。



4リットルのペットボトル入りウイスキーを買うには、ほんの少しだけの勇気が必要です。近所のスーパーでこれを抱いてレジに並んでいるところを、ご近所の若奥さんに目撃されてしまうかもしれないからです。もしペットボトルに【竹鶴25年】と筆文字で書かれていれば、「まあ伊丸さん、なんてラグジュアリィ!」と評価されるんでしょうけど。竹鶴25年の4リットル入り、仮に存在したら30万以上ですね、すごい。

さておき、近所で買うのもあれなので、少し遠く店で買い求めます。それも2本セットで。だって、これなら飲食店かなにかやってる風に見えるじゃないですか。もう敗北感とは、無縁の生き様を手に入れたわけです。




ウイスキーを注ぐ、マグのことを書き忘れました。
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チタンの220mlマグがちょうど良かったのですが、もうすこし容量が欲しくて300mlにシフト。その後、450mlサイズだと何度もお替わりしなくて済むことに気付きました。いま、600mlサイズに増やそうかと、考えているところです。
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by yabukogi | 2013-04-27 11:54 | 書くまでもないこと
2013年 04月 23日

火を焚きなさい

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紙切れを拾った。
何時のものか、どこのものかも解らないが、新聞の切り抜きだった。
一遍の詩だった。

2001年に亡くなった山尾三省さんという詩人の、よく知られた一遍『火を焚きなさい』が、その紙切れにあった。





『火を焚きなさい』


(引用はじめ)

山に夕闇がせまる
子供達よ
ほら もう夜が背中まできている
火を焚きなさい
お前達の心残りの遊びをやめて
大昔の心にかえり
火を焚きなさい

(中略)

背後から 夜がお前をすっぽりつつんでいる
夜がすっぽりとお前をつつんだ時こそ
不思議の時
火が 永遠の物語を始める時なのだ

(中略)

人間は
火を焚く動物だった
だから 火を焚くことができれば それでもう人間なんだ
火を焚きなさい
人間の原初の火を焚きなさい
やがてお前達が大きくなって 虚栄の市へと出かけて行き
必要なものと 必要でないものの見分けがつかなくなり
自分の価値を見失ってしまった時
きっとお前達は 思い出すだろう
すっぽりと夜につつまれて
オレンジ色の神秘の炎を見詰めた日々のことを


(後略、引用終わり)


「びろう葉帽子の下で/山尾三省詩集」(1993年 野草社刊)より






山尾三省さんは、1970年代にインドやネパール巡礼の旅に出て、その間の思索からいくつものすぐれた詩を発表してきた人だ。アメリカでビートニク世代が反戦運動や自然回帰とか、禅への関心とか、いわゆるカウンターカルチャーが沸騰していた状況に通じる。じっさい、ヒッピーと呼ばれた若者たちが田舎で小さな村を作ったような活動に呼応するかのように、山尾さん自身も屋久島に移り晩年までを過ごしている。

そこに模倣があったという意味ではなく、国家とかイデオロギーとかいろいろな現代的な価値観に疑問を抱いた人々が、自然回帰の流れを持ったというのが、時代のムーブメントだったのだろう。

やがてお前達が大きくなって 虚栄の市へと出かけて行き
必要なものと 必要でないものの見分けがつかなくなり
自分の価値を見失ってしまった時


というのは、リアルに当時の人々が抱いていた状況だったと思える。
とすれば、いま現在の我々も、「虚栄の市」で自分の価値を見失ってしまっているのかもしれない。


だからこそ、いま、僕たちは火を焚こう。

写真は2008年12月、神奈川県内のある沢にて。



【参考】詩の全文、英訳が掲載されているページ
http://happano.org/pages/make_the_fire.html
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by yabukogi | 2013-04-23 07:46 | 書くまでもないこと
2013年 04月 21日

なごり雪に悪獣は

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日曜の夜明け。

それでも僕は4時過ぎに目覚める。お迎えが近いと、朝も早い。
障子紙の破れ目から、ほのかな明るみが差している。

 はて、夜明けにはまだ早いが...



はっと身を起こして庭を見やれば、雪が積もっているではないか。
4月21日、花見も済んだ春たけなわである。


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すっかり明るくなってから外に出てみれば、7センチほどは積もったようだ。



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我が家に巣喰う悪性生物、耳が尖ったあの悪い肉食獣と思われる足跡があった。
つい先ほど、トイレが我慢できなくなったらしく泣きながら出て行ったのだ。



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後脚を、ふたつ一緒に着地させていやがる。
奴は、靴を持っていない。だから冷たくて、耐えられないのだ。



思い知るがいい。
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by yabukogi | 2013-04-21 12:17 | ねこのこと
2013年 04月 17日

洞山城跡でsanpoストーブ


肋骨が折れてしまって、仕事ができない。


朝から酒を喰らっててもつまらないので、珈琲道具を携えて近所の古い山城跡にあそぶ。


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(おっと! Primusの袋に入れてきてしまった。まさにひつじの皮を被った狼)


少しだけカブを走らせて、女鳥羽川の畔に立つ。この流れはやがて、松本の城下町にせせらぎの優しい音を響かせる。

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ここは、初夏の夜に蛍舞う美しい流れだ。山女魚も棲む。



橋のたもとのお宮の境内から、洞山城(早落城)へ登って行く小径がある。

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空堀が切られた松林の尾根を歩く。


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やがて狭いピーク。ここが一ノ郭だとか。こんな狭いところに籠って戦? それとも物見程度の役割なのか。




どこかで湯沸かしを、と思うが風が強い。アルコールストーブの炎が山火事を引き起こすようではいけない。

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松の木の陰に、BBQ台のようなものを見つけた。


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この日はさんぽ師匠のカーボンフェルト式アルコールストーブ。スタンドとスクリーン(風防)は自作品を用いた。

(おっと! せっかくのストーブ燃焼風景が写っていない! すみません)



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蒸らし中。アロマが立ち昇ってくる。


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眼下に、僕の住むまちも眺められる。




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珈琲セットはこんな感じ。あえてドリップ式としたため、マグとポットを組み合わせている。ポットはMLVのチタン550ml。


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1オンスのアルコール、1杯分の珈琲粉を含めて、264.0グラム。
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by yabukogi | 2013-04-17 07:42 | ぶらぶらと歩くこと
2013年 04月 14日

わたしの街

わたしの住む街は、とても美しい街です。


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松本の市街地を眺めております。美しい丘の、美しい眺めです。丘には、色とりどりの花々が、春の訪れを祝っているようです。




わたしは、前日からなぞの激痛に襲われ、のたうち回っておりました。
今まで経験したことのない痛みで、たとえるならば、ある人がわたしの背後に立って背中に出刃包丁を突き入れ、一分間に三回の早さでやいばを回転させている、と書けばよろしいのでしょうか。背中のある箇所が、それこそある人が背後に立って... いえ、もう書きました。


姿勢を変えたり、くしゃみをしたり、咳き込んだ時は気絶します。

痛みで意識を失うというのは、映画やドラマの演出ではなくて、実際に起こりうるということを教えていただきました。背後に立った人に。いえ、これは例えであります。



花が咲くこの時期を選んで、町内の公園でお花見が催されました。
わたしは町内のお祭り係りなので、この日は作業をしなければなりませんでした。

その夜明け。わたしは、寝床のシュラフの中で、脂汗を全身から噴き出し、苦悶のうめきと慟哭の狭間にかろうじて命をつないでおりました。トイレに行くためです。痛みをかわしながら身を起こし、とにかくトイレに行って膀胱を空にしたかったのです。

トイレに無事辿り着き、痛みに泣きながら夜明けを待ちました。ふたたび横たわってしまうと同じ痛みを繰り返し経験しなければなりません。椅子に座ってうたた寝をしながら、朝を待ちました。





町内の公園のすぐ目の前に、大きなドラッグストアがあります。

遠ざかる意識をわずかに指先でつなぎ止めて、わたしはドラッグストアへと向いました。もしその姿を、誰かに見られたら通報されたことでしょう。紫色の顔の不審な坊主頭の男が、はぁはぁ言いながら同時に泣きながら、住宅街を徘徊している、と。


しかしわたしは、ドラッグストアへ、どうしても辿り着く必要がありました。

そうです。ロキソニンです。あの桜色したタブレットひとつぶが、いまのわたしの痛みを、苦しみをぬぐい去ってくれるはずです。


平成25年4月13日、桜が満開でございました。
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ドラッグストアに入ったわたしを、店員さんたちが不審そうに見やりました。あきらかに異常な表情、肩で息した怪しい坊主頭の男が入ってきたのです。何人かは、通報ボタンに手をかけたことでしょう。


わたしは、「鎮痛剤」コーナーへ向い、棚の「ロキソニンS錠」の箱を掴みました。そしてその瞬間に箱がダミーパッケージであることに気付かされたのです。そうか、薬剤師に告げなくては...


視界は霞んでおりました。ひたいの脂汗が涙と混じって風景を歪めておりました。店内に、白衣を着た薬剤師の姿はありません。わたしは入り口近くのレジに近寄り、さっき不審そうにわたしを見やった女性に叫びました。

 ロキソニン、ほしい。ロキソニン。



あやしい外国人と受け取られたかも知れません。しかし、そんな些細なことに構っている余裕は、わたしにはありませんでした。

 薬剤師が休みなんです、だからお売りできないんです。



そのレジ係りの言葉が、まっくろな絶望の深淵の口を、押し広げました。世界は暗黒へと転じ、すべての光は飛び去りました。痛みだけが、絶望という二文字とともに、わたしの背中に焼きごてのように定着された瞬間でした。


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同じ頃、50メートル先の公園では、こどもたちやまちの人々が楽しそうに遊んでいました。


べつなドラッグストアまでは数百メートル歩かねばなりません。わたしにはこの移動が不可能であること、それを認識していました。家に帰ることも同様です。わたしにできることは、ご近所さんたち、仲間たちが居る公園に向うことでした。誰かに助けを求めることができるからです。


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わたしを待っていたのは、ポップコーン係りでした。

助手として、一年生の女子大生が手伝ってくれました。18歳のお嬢さんに、この痛みを伝えることはとても困難でした。しかし、近所の人が自宅にあるよと「ロキソニン」を取ってきてくれました。Kさん、ご恩は一生忘れません。

 助 か っ た 。



水で錠剤を流し込み、わたしは群れ集うこどもたちのためにポップコーンを作りました。笑顔で配りました。


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最近、家を新築したAさんは焼きそば係りでした。



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おでんも美味しそうに炊けておりました。

ある瞬間。
たしか19歳か20歳のお嬢さんたちと戯れていた時だったと思います。わたしは、咳が出ました。


地獄を、見ました。




桜の樹の下に移動して、肉を焼いたり餃子を焼いたり、マグに満たした「大雪渓特別純米酒」を流し込んだり、しました。






ひと晩を眠り、また朝が来ました。
地獄の朝とならないよう、身体を起こすためのシュリンゲやデイジーチェーンを頭上の梁からぶら下げて備えました。ピッケルも枕元にあります。このお陰で、無事に起き上がることができました。


近くの休日当番医に出かけました。診てもらいましたが、匙を投げられました。そして大病院への紹介状を渡されました。


大病院は、ヘリポートを備えたでっかい病院です。北アルプス南部で滑落したりしてヘリコに載せられると、だいたいここへ連れてこられるような病院です。

CTスキャンとかMRIとか、さまざまな検査を経て、医師はわたしにこう告げました。

 肋骨がね、ほら、こんなにもポッキリと!





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わたしの街は、とても美しい街です。
信州まつもとへ、いつか移り住みたい、とお考えの方には、良いまちだと思います。










【追記】
町会の皆さま、読者の皆さま、大変にご心配をおかけしました。この場をお借りしまして、御礼とお詫びを申し上げます。

帰宅後のわたしですか?

ええ、やすらぎとくつろぎにつつまれて、過ごしております。
これ以外にも、今日処方箋が出た分を薬局で入手できますので、当分、桜色の錠剤に困ることはなさそうです。
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ロキソニン、万歳!
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by yabukogi | 2013-04-14 14:58 | 書くまでもないこと
2013年 04月 13日

たらの芽の春

水上勉さんの著作で、『土を喰う日々』という一冊がある。

水上さんが、軽井沢での暮らしの中で、自ら耕し自ら調理したおもに大地の恵み味わいを、自信の体験や記憶と織り交ぜて綴った珠玉の文章である。

僕の手元のは新潮文庫版、平成16年の20刷。この一節に、「たらの芽」を濡れ紙でくるんで蒸し焼きにし、味噌を付けて食する職人のはなしが紹介されている。


 「たらの芽はこいつがいちばんだ」
 (中略)山へ入って、
 うまそうなのを千切ってきたらしく、
 ぬれ紙につつんで、よく焼いて、
 携行してきた味噌につけて
 めしの上においているのだった。
 ほこほこと、湯気のたつのをみていたら、
 生つばが出た。
 これこそ、たらの醍醐味か。
 



たらの芽はてんぷら、なぜかそう刷り込まれてしまっていた僕の意識に、濡れ紙で包んで焼いて味噌をつけるという上記の食し方は、それこそ強烈に、突き刺さってきた。甘みと苦みの混じり合ったあの風味を、味噌で... 想像するだけで... あうぅぅう


おっと、またはなしが味噌に流れてしまうところだった。
本稿は味噌のことじゃない、たらの芽だ。


たらの芽を、もっと自由に味わっても良いのではないか?
庭に植え付けたたらの樹からも、もうすぐ芽が出る。裏山の林道脇、送電線鉄塔の周囲、叱られずに芽を摘めるいくつかの場所から、春の味わいが届く日も近い。ならば、こんなのはどうだろう。



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ある年の春。山の帰りの道ばたで、わんさか採れたたらの芽。



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キッチンで材料を広げる。にんにく、ベーコン、ディチェコのパスタ、そしてエクストラバージンオイル。あとは塩があれば良い。



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オイルを弱火にかけ、にんにくから香りを移す。ベーコンも加え脂を溶かすような感じで旨味をもらう。熱くなってきたところにたらの芽を投じ、強火で一気に火を通す。ただしにんにくを焦がさぬよう。

このとき、パスタが茹で上がっているよう、正確にタイミングを計る。



茹でたパスタをフライパンにあける。ひと掬いの茹で汁も足してやる。最強火力でオイルと茹で汁をぐつぐつさせて、完成。




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春の味わいパスタ。春夏秋冬、僕をでぶに向わせる味わいに事欠かないこの国の風土が、大好きなんだ。










(過去の素材を再編集)
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by yabukogi | 2013-04-13 08:02 | 喰い物のこと
2013年 04月 09日

暴走のランチ

その男のランチは、どこへ向おうとしているのだろう。


さきごろ自慢げに、嫌みたっぷりのドヤ顔でTHERMOSフードコンテナーPrimusランチジャグで、あったかい(あるいは冷やしてきた)ランチを楽しんでいるって、書いていたね。

でも、なんていうか、何もそこまでしなくても感が否めない。



 ■□■

ある日。

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あつあつチキンカリー。大鍋で炊いた香味野菜(セロリ、にんじん、たまねぎ、パセリ、にんにく)とスパイス、地鶏手羽先のスープからチキンカリーをこしらえている。カリフラワーにも旨味が染み込んで、至福。なお、この大鍋というのは、一昨年冬の上高地キャンプで使った鍋だ。




ある日。

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チキンカリーのバリエーション。同じベースのチキンカリーに、ゆで卵とインゲンを組み合わせてある。ガラムマサラとジンジャーピールなど、スパイスを足し算して具材を変え別な仕立てに。あぁ.... また感動。





ある日。

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地鶏のトマト煮込み。大鍋の自家製コンソメスープは共通で、ここにカットトマトを加えて煮込み、仕上げにたらーり、オリーブオイル仕立て。野菜はきのことブロッコリーをメインに。美味かったなぁ...





ある日。

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青菜ときのこ、ソーセージとじゃが芋を、シンプルに自家製コンソメ仕立てで。隠し味にビネガーとワインを煮切って加えてある。ご飯の段取りを忘れていたので、パンで。満足度は高かったけど、バターロール4個じゃ、夕方にお腹がすいちゃって。





ある日。

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大鍋のコンソメは、まだまだ活躍、自家製グリーンカリー。地鶏を煮込んだあと、ココナッツミルク仕立てで野菜とゆで卵を加えて。美味くて、意識が飛んだ。



え?
相当チキンな奴なんだな?




そうでもないよ。ある日。

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自家製コンソメとトマトソースで煮込んだ手作りハンバーグ。これは娘の小豆がこねこねしてくれたんだ。にぎわいにソーセージと厚切りベーコンも忍ばせ、カリフラワーとオクラを添えて。仕事場のランチなのに「トレ-ビアァン!」って声が出ちゃった。





ある日。

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ハッシュドポーク、って紹介すれば良いのだろうか。豚肩ロース肉の厚切りを、市販のドミグラスソースで煮込んで。ここでもゆで卵と冷凍インゲン、ふふ。肩ロース肉は、擦りおろし林檎で下拵えしてあるから、とろとろ。舌でつぶせるぐらい。






何だい洋食ばかりじゃねぇか?


ある日。

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あつあつ汁だく牛丼。ひと晩水切りした木綿豆腐もくったくたに煮込んで、生玉子添え。でもね、このとき七味唐辛子を忘れてしまった。




 ■□■

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え?
豚バラ肉の固まりだよ。酒と砂糖で、そっと炊いてるんだ。
これを、どうこしらえようか...。
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by yabukogi | 2013-04-09 21:35 | 喰い物のこと
2013年 04月 07日

ねんぼろの春

裏の丘の一角、くぬぎ林の地面に、ねんぼろが生えている。

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「ねんぼろ」とはヒガンバナ科ネギ属の、要するに野生の葱である。野蒜(のびる)の方が一般的で、ねんぼろは信州での呼び方。土手やあぜ道、この列島のどこにでも、にょろにょろと生えている。ふるくは万葉の歌にも登場する身近な食材。いまの「はしり」の時期なら、玉葱状の球根から葉っぱまで、ぜんぶ味わえる。

春だ。こいつを味わおう。



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醤油に鰹節、あるいはマヨネーズ和え、いろいろあるだろう。僕は、青唐辛子を漬け込んだ信州ならではの味わい、『こしょう味噌』を使ってみる。

(註・松本あたりでは唐辛子のことを「こしょう」と呼び、焼き鳥屋なんかでも七味くれ! の意味で「くしょうくれねぇか」などと言う)


この『こしょう味噌』だが、我が冷蔵庫の奥には10年ものも秘蔵してある。これは長男坊主が生まれた年にこしらえたやつで、濃厚にして芳醇、コニャックのような芳香もまじえ馥郁たる香りを放つ、まさにヴィンテージ。こうした長期保存が可能な理由は、活きた本物の味噌を使うこと、そして火入れしないこと。

この青唐辛子の味噌、肉類との相性に破壊的な威力を発揮する  >>過去記事  のだが、さておき今回は肉ではなく「ねんぼろ」が主役だ。



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ねんぼろは泥を落としよく洗っておく。



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エシャロットのようにかぶりついても良い。が、今回は粗く刻んで愉しむ。



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時間を置いてはいけない。葱のなかまの味わいは、刻んだ瞬間に揮発してゆくのだ。僕が時々、おもに豚骨ラーメンという場面において、「葱はいかなる場合においても青ネギで、しかも絶対に刻みたてでなくてはならない」と主張するのは、こういう理由からだ。

とにかく、青唐辛子の味噌に刻んだ端から混ぜ込んでいく。


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ねんぼろを潰さないように、味噌で包むように丁寧に混ぜて...




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あぁぁ..... 

酒が進んでしょうがない。一升ぐらい、ぺろりだ。そのあとの飯も、二合。



でもね、器に盛ってテーブルに出す時は、ごくわずかな量に留めておく。大半は中が見えないタッパに詰めて、先に冷蔵庫に隠しておくんだ。家人やばあさまには「これしか、無い」と思わせておくようにね。
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by yabukogi | 2013-04-07 08:27 | 喰い物のこと
2013年 04月 06日

そして消え行くもの


物憂い土曜日の朝。


松本市街地の南の方に出かけたついでに、桜を眺めてこよう。そう、この山国のまちにも、ソメイヨシノの開花宣言が轟いたのである。くっそ寒い日々が終わりを告げ、この冬を生き延びることができた喜びをかみしめるのだ。


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カブに跨がる。半年ぶりに、グローブを嵌めずに素手で乗ってみる。

信州の冬。僕はカブで走り回る。むかし普通免許を失効したままだから、屋根も窓も暖房も無いカブで、氷点下ふた桁の凍てつく空の下を走る。寒過ぎてよく気を失ったまま走っている。指先が寒い。モンベルのアルパイン・トリガーフィンガーミトンでも寒い。痛い。



でも、桜が咲いたのだ。もう指先が凍えることも無いのだ。




弘法山、という公園緑地。

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今夜、嵐が来る。この花たちは散ってしまうだろう。

咲き始め、ということがせめてもの救い。まだほとんどがつぼみだから、嵐が去ってからゆっくり花開くがいい。



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古代の王の墳墓の上に立つ。

市街地を見晴るかし、彼方には常念山脈の連なり。王の魂魄は、いまどうして居るのだろうか。あたりに漂って、我が墓の上に騒ぐひとびとを苦々しく見下ろしているのだろうか。それとも年月とともに希薄になり、もう祟ることも護ることもしなくなったのだろうか。






桜並木にケーブルが張り巡らされていて、夜桜見物のための電球がぶら下げられていた。

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そういえば国内でのフィラメント電球は生産が終わったと聞いたことがある。おまえたちも、やがて消え去るのだ。


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帰路、市街地で木蓮の白き花を見た。圧倒的な存在感で、あたりをきなり色に染めていた。今宵、散るのだろう。







げふぉっ、げふぉっ。
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by yabukogi | 2013-04-06 13:20 | ぶらぶらと歩くこと