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2012年 03月 31日

冬の午後の、のらえもん

ある冬の日。

僕は酒の肴を仕込んでいた。
酒とおろし山葵につけ込んだ地鶏のささみ。
刺身用のするめいかは開いて、酒と醤油を振る。


こいつらを干物ネットに広げ、
信州の冬の風で生干しにするのだ。

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うちののらえもんが、
見張りをしてくれると、申し出てくれた。



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おお、ちゃんと見張ってくれてる。


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結構役に立つではないか。




のらえもんは長い時間、
そこに留まってくれた。

はじめは跳躍のパフォーマンスを見せてくれたり
(何度もネットを揺らしたようだ)
高らかに哭き叫んでいたが
(ぎゃおんぎゃおん、五月蝿かった)
陽が傾いて凍えたのだろう、
宅内に戻って、僕の足を何度も噛んだ。





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おかげで、美味しくいただけた。
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by yabukogi | 2012-03-31 10:41 | ねこのこと
2012年 03月 23日

山田温泉 大湯


熱い。


源泉温度は68.5度というが、これがそのまま掛け流されているかのような、熱さ。檜の湯船では42--43度だと思うが、湯が濃いというのだろうか。浸っているうちにいつの間にかほどけていくような、生やさしい湯じゃない。ここの湯は硫黄臭をまとい、荒々しく身体をつつんでもみくちゃにしてくる。たとえるならば、浴槽の格闘技。こう書くと誤解なさる紳士諸賢が多そうだ、言い換えよう。上質のシングルモルトをストレートで愉しむような、そういう湯だ。




志賀高原の山ひだに抱き隠されたような、信州高山温泉郷、山峡の温泉郷である。いくつもの温泉地が松川の川沿いに湯煙を上げている。ここ山田温泉もそのひとつ。湯屋づくり、と言うらしい共同浴場が二軒あって、僕はそのひとつ「大湯」に浸かった。

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あぁ....熱い。

中は気持ちよくていつまでも出たくないのに、すぐ出てしまう。

出て冷ましているとまた中が恋しくなって飛び込む。
熱くて数分も我慢ができなくなって...

誤解なさる紳士諸賢が多そうだ。湯のインプレッションは控えておこう。




北信濃の須坂の街は蔵づくりで知られる。この街を抜けて、山田温泉に辿り着いた。

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途中振り返ると、北アの五竜がまぶしい。

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高妻山も、神々しいまでに白く染まった初冬の展望が嬉しかった。



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by yabukogi | 2012-03-23 13:53 | 湯けむりのこと
2012年 03月 21日

いまでも愛してる、イイダヤ軒


信州松本の城下町に、何日か雪が降り積もった日々のこと。
僕はまた、『イイダヤ軒』のカウンターに座っていた。

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去年、松本駅前にある蕎麦屋の『イイダヤ軒』のことを取り上げ、僕は愛している、と書いた。その理由は、蕎麦なのに豚骨ラーメンの「替え玉」みたいに、麺のお替わりができることに少なからぬ感動と喜びを覚えたからだ。くわえて、麺のお替わりをした僕のどんぶりに、出汁(つゆ)をレードルにそっと一杯、注いでくれたおばちゃんのやさしさに、たましいが震えたからだ。



とおい昔。僕は大学生で、親からの仕送りがなかったからバイトの掛け持ちをしていた。それでも入ってくるバイト代は、酒と本と山道具と、そして山に向う中央線きっぷ代のために消えていった。だからいつも、腹ぺこだったのだ。そんな日々、講義をさぼってバイトに向う途中の朝飯は、いつも駅の立ち食いそばだった。そして、麺のすべてをすすりこんでしまう瞬間が残念でならず、つゆを飲み干しても満たされないおのれの胃袋の虚ろさが、ただ呪わしかったのだ。つまり、いつも腹ぺこでもっともっと食べたかったわけだ。



いまとなっても蕎麦だけは、いや正確には豚骨ラーメンと蕎麦だけは、麺をダブルかトリプルで楽しみたい。そんな僕の願いがジャストにしてパーフェクトに叶えられる駅前蕎麦が、この『イイダヤ軒』だったという訳だ。



前置きが長くなってしまっているけれど、去年の僕は、天ぷら蕎麦を頼んだ。そして「天ぷら蕎麦を頼むんじゃなくて『かき揚げ蕎麦』になさるといい。きっとびっくりなさるから」とも書いた。なのに、かき揚げ蕎麦のその後という話を一向にお伝えしていないことが、心苦しい。こうした背景が、本稿のかき揚げ蕎麦のことにつながってくる。








雪が降りしきる中を、僕は松本駅前に立っていた。

そして東京に帰る客人を無事に見送った安堵感からか、腹がぐぅと鳴った。目の前にはさっきから何度も書いている『イイダヤ軒』がある。この時の僕に、他の選択肢があろうか。



 がらっ。

 かき揚げ蕎麦を。
 (と言ってお代を置く)

 はい、おまちどうさん。
 (とどんぶりが置かれる)


 うふわっ。
 でけえずら、まぁず。

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ねぎも。

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さすがに麺のお替わりは、必要なかった。

いまでも愛してる。イイダヤ軒。
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by yabukogi | 2012-03-21 20:13 | 喰い物のこと
2012年 03月 19日

きもちわるい軟体動物

きもちわるい軟体動物を見かけることがある。


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2010年初夏、松本市内にて。
皮膚の表面がヘビやトカゲなどは虫類のウロコ模様にそっくりだと、知る。



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2010年? 金魚の水槽に、いつの間にか巻貝が繁殖。
モノアライガイ、というのだろうか。
単一生殖で、つがいでもないのにどんどん増えた。





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2012年、松本市内で遭遇。
背中側に前脚が突き出しており、首も後ろ向きになっている。
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by yabukogi | 2012-03-19 20:16 | 書くまでもないこと
2012年 03月 18日

支配人と、賢者の時間

冬のはじまりに、支配人殿とふたり、痛飲した。


支配人殿は、槍穂高の一角の某小屋支配人を勤めていたのだが、昨シーズンで山を降りることに決めていた。故郷に帰るのだという。そこでお別れにこころゆくまで杯を傾けボトルを空け、そして語らい尽くそうと一夜を松本で飲み歩いたのだ。


昼過ぎから、松本駅前で魚介類をたらふく詰め込み、日が暮れて縄手通りという界隈でワインとチーズを愉しみ、つづけて分銅町で日本酒へ、さらに西堀と呼ばれる怪しい一角でまた魚に走り、この辺から記憶も定かでなくさらに二、三軒冷やかして、夜更けの道を我が家まで歩いた。この時のこと。僕は三度の飯に豚骨ラーメンでかまわぬぐらい豚骨が好きなものだから、故郷へ帰る支配人殿に言ってみた。


【いまるぷ】
 いいなあ、K(支配人殿のこと)。
 故郷へ帰ったら、とんこつ三昧ではないか。


支配人殿は、博多の男なのだ。

 【支】うふ。

支配人殿は、あまり饒舌ではない。


郊外にさしかかって、タクシーにすれば良かったと後悔しはじめた頃、僕はなぜか朝飯に明太子を食べたくなってきた。そこでコンビニに寄り、明太子とウイスキーを買った。

 【い】おいK。
 おれに時々、明太子を、送れ。
 着払いで、いいぞ。




我が家の板の間にリッジレストを2枚ずつ敷いて、僕のシュラフをふたつ出してくれば寝床は出来上がる。支配人殿は庭にテントを張りたい、と言うが、もうでろでろに酔っぱらっているので張ることができない。それでもウイスキーをお湯割りにしながら、まだ飲み続けた。


寝転びながらまだ未練がましくウイスキーを舐めている支配人殿は、さっきから何も喋らないけど、故郷へ帰るのが嬉しそうだ。それに、長くつらかった山の仕事を終えて、下界に戻ってきたのだから、しぜんに顔がほころんでくるというものだ。


両肘を突いて、だまってチタンのマグを見つめていた支配人殿が、唐突に口を開いた。

 【支】明太子は、「やまや」とか「かねふく」でなくてもよかか?
 「しょぼうあん」っちゅう、美味かとがある。


なんと支配人殿、コンビニを出ながら僕がそっと頼んでみた、明太子のことを覚えておられた。それにいきなり博多の言葉で斬り込まれて、僕は一瞬うろたえ、だからあやしげな九州なまりで答えた。

 【い】なんでも、よか。
 美味かとやったら。

僕は佐賀・唐津暮らしが長かったため、博多ネイティブではないのだ。


 【い】うらやましかあ。
 いつでん、とんこつば、喰えるとなあ。

そんなようなことを言いながら、僕は眠りに墜ちたようだ。






翌朝、二日酔いもなく目覚めた支配人殿と僕は、のんびりと珈琲を味わい、支度し、出かけた。申し出た訳ではないが、何となくもう会えないような気もするし、支配人殿を松本駅まで送りたかったのだ。名古屋まで特急「しなの」に乗り、新幹線に乗り換えて夕方には博多駅のホームに降り立つのだと言う。


郊外の僕の家からぶらぶらと歩き、駅近くに至る。支配人殿、また突然に切り出した。

 【支】松本に、あたらしか豚骨屋ができとぉ。
 知っとるか?

 【い】いや、知らん。


支配人殿、山の上に居ても松本の街の事情に詳しいようで、場所もご存知だったよう、僕を誘って『一風堂』松本店のカウンターに座らせてくれた。お互い、理由もなく、緊張している。がちがちになっている。そのためか、あまり意味のない会話を始める。

 【支】食べたこと、あると?
 【い】いや、なかよ。 

 【支】日本中に、店、出しちょる。
 【い】おぉ、そうか。 

 【支】雪、降らんかね。
 【い】いや、雨やろうね。 


僕はもう10年、九州に帰っていない。だから一風堂のラーメンは、コンビニ商品でしか知らない。その知らないラーメンが、目の前に置かれた。
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どちらかと言えばふくらみのあるスープ。博多の街の普通のラーメン屋の味を、やさしく上品に仕上げた感じか。


静かに麺をすすり、そのくせ時おり「うまかっ」「うおぉ、ほんなこつ」「うはあぁ、たまらんばい」などと興奮を隠せない。ふたりともデフォルトの如く替え玉をオーダーし、作法通りふたつめの麺を堪能してから、スープを干す。







 ふぅ.....


賢者タイムの、訪れだった。


さっきまで、何をあんなに興奮していたのだろう。ティーンエイジャーが愛し合ったりするかのような、夢中さというかひたむきさというか、大の男が一杯の豚骨ラーメンを抱え込んで、鼻息を荒くして、白いスープと、白く細く真っすぐな麺とに、あんなにもはしゃいじゃって。見られちゃったよ、支配人殿に。あぁ、恥ずかしいことこの上ない。


支配人殿も、恥ずかしいのだ。黙ってカウンターの向こうを眺めるともなく眺めながら、タンブラを飲み干したり、いまさらメニューを開いてみたり、携帯ちらっと視線を送ったり。山小屋に居た数ヶ月、途中休暇があったにせよ、久しぶりの豚骨だったのだ。その一杯を貪るその場面を、リアルタイムに僕に観察されてしまったのだから。


それからは僕もいっそう無口になって、すぐ近くの駅まで肩を並べて歩いた。元気で。また北アに来ることがあったら、必ず連絡を。うん、元気で。一度だけハグを交わして、それから固い握手をして、支配人殿は改札口の向こうに消えた。さらば、支配人殿。豚骨ラーメンを前に、君が夢中になって鼻息を荒くして興奮して箸を落としそうになったり、替え玉! って言うのを「かか、か、替え玉...」って言ったり、そうしたことは、僕も忘れよう。永遠に。だから、僕がなりふり構わずどんぶりに顔を突っ込んでいたことも、忘れてくれないか?




明太子は、まだ届かない。
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by yabukogi | 2012-03-18 16:07 | 書くまでもないこと
2012年 03月 17日

薄れゆくいのちの痕跡

日々刻々と、春の山肌の雪のように薄れゆく僕自身のたましいが、やがてどんな終末を迎えるのだろうと思い巡らせている。

すると、あるひとつの出来事が鮮明に、それこそ昨日のことのようにあざやかに甦ってきた。以前に別なところにも書き散らしたことだけど、再録する。



その日の僕は、ある山に居た。

標高は2,000mに満たないけれど、落葉松林の上の方に広葉樹が生えている気持ちの良い尾根で、北側斜面にはたっぷりの雪が着く。その枝尾根のひとつがえらく急峻で、露岩もあるし、三カ所の雪壁もできる。ここで雪遊びを楽しもうと、ひとり雪道具を担いでやって来た訳だ。ある年の、三月初旬である。


日陰になった沢沿いのアプローチからたっぷりの雪。古いトレースを拾いながら行くと、やがて右側に覆いかぶさるような枝尾根が現れる。装備を整え、この尾根に取り付こうとしたが、雪の締まりが悪く爪もアックスもあまり効かない。なんどか滑落のような無ざまな真似もあって、「春の腐れ雪め」などとあきらめたことを覚えている。

主尾根の末端からハイクアップしててっぺんを目指そうと、刃や爪を仕舞って少し戻り、やや平坦な森の中を歩いている時だった。道の真ん中に、何かが突然、落ちて来た。



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あたりに生温かい血飛沫を振りまきながら、一羽の雉子だった。雪の上に墜落してもなお翼を振り回すようにもがき、僕が傍らに立っても、もぞもぞ動いている。

 狩られたのだ....。


狩った者は、まだ上空を舞っているか、高い梢に停まっているのだろう。そして邪魔が入ったと舌打ちしながら、僕の出現に悪態をついているのだ。

 野生の掟だ。
 ぼくが手を出すことじゃない。



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雉子の動きが徐々に鈍くなり、そのいのちはやがて失われるだろうと感じながら、僕はその場所を後にした。主尾根を登り、ただしピークまでは行かず、ピーク手前のコルでラーメンを食して下山した。
 
 あの雉子は、狩られて、喰われた。
 ぼくは自分のめしを、喰った。


そんなことを呟きながら、しかしいつしか雉子のことを忘れかけて往路を戻ったのだ。





 ■□■

狩りが行われた現場には、もう雉子の姿は、なかった。いや、あったと書くべきか...。

かなりの大きさの個体だったが、羽根をむしったあとの「肉」を、どうやって運んだのだろう。狩った猛禽類には、そのようなちからが備わっているのか? この場ですべて平らげたのか? 大きな、狐などが現れて横取りしていったのか? そうしたことまでは、判らなかった。

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この尾根を、僕は数週間後に再訪する。別に雉子のことが気になった訳じゃない。ピークまで行かなかったことが気にかかっていて、今回は上まで行こうと早い時刻に出発して来たのだった。尾根には、所々に雪が残っていたけれど、おおむね消えていた。落ち葉が露出して、様子はすっかり変わってしまっている。そのため、狩りが行われた現場が、すぐには特定できなかったのだ。


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むしられた羽根が、わずかに残っていた。

 ここだ。


気付かず素通りすることはなかっただろうが、あの時の生々しさは薄れていた。融け去った雪と、時間が作用したのだ。汚れて散らばった羽根だけが、かつて一羽の雉子が在ったこと、そして消え去ったことを物語っているだけだ。

雉子の行方は、誰も知らない。



 ■□■

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その翌年。僕はまた尾根に来た。その時も雪がたっぷりで、狩りの現場は、完全に覆い隠されていた。正確な場所すら、判らなかった。そして僕自身、こうして突然に思い出すことがなければ、一羽の雉子の消失に立ち会ったことすら、忘れてしまっただろう。
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by yabukogi | 2012-03-17 09:15 | ぶらぶらと歩くこと