その男、薮の彼方に消ゆ

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2011年 04月 28日

ザ・バトルキャット・オブ・ジャパン

夕方。台所の用事からデスクに戻る。




おい! そこは俺の場所だ。

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もう一度だけ、言う。
そこは俺の場所だ。


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うぉ。寝た。
移動する意志はないということか...。


お れ の ば し ょ だ 。


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ははぁ。
マウスを見つけたつもりだな。




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しょうがないやつだ。
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by yabukogi | 2011-04-28 12:08 | ねこのこと
2011年 04月 25日

抗争の日々に

【前回までのあらすじ】

しっぽが折れた哀れな若い雄ねこの"どろす"は、
ある秋の夕暮れ、その男が焼いている秋刀魚の匂いに誘われ、
その男の家に上がり込む

玉を抜かれる危機を三度も脱した"どろす"は
秋、冬の間もぬくぬくと陽だまりに遊び、
そして春--抗争の季節--を迎える。

眼前の敵は、凶悪で巨大な"メガロック"
果てしなく続くかに思えた壮絶な闘い、
そして遂に訪れた「ジャッジメント・デイ」

満身創痍となりながらも、神々は勇者"どろす"を認め、
この縄張りとシノギに祝福を贈る。
この間、若き勇者を支えたのは、その男のと「きずな」。

強敵を倒し、やっと訪れた安逸の日々。
しかし! 幸せをむさぼろうとしていた矢先、
"どろす"は新たな敵を迎え入れることになる。

新敵、それは"ミルクティ"



"ミルクティ"とは、何者なのか...?


そして"どろす"は、いかに闘うのか...?



■□■

ある日。どろすは、外を眺めていた。
あたたかな窓辺に、半分眠りながら。

だれだ!


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ミ、ミルクティ.....


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■□■

だ...だめなんだ...アニキ。
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by yabukogi | 2011-04-25 10:35 | ねこのこと
2011年 04月 23日

100円アンチョビ(税抜)


気圧配置を眺めれば、2011年4月23日は南寄りの風が強く吹き込み、降りてきた寒気団と接触して強い雨雲が発達、北の稜線の天気は荒れたものになるだろう。


しかし、なかなか山に行けない主夫にとって、この日は堂々と家を空けることができる状況下にあり、ゲリラ出撃ではないハイキングが叶うのである。ちなみにゲリラの場合は、朝起きたら父ちゃんは家から逃げ出していた、というもので、万が一山中にツキノワグマの爪パンチを喰らって斃れても、だれも探してくれないし、そっと埋葬してくれることもない。文字通り自然に還るという憧れの最期を迎えることができる。



この日はパッキングも済ませてあった。真夜中に起きて、とにかく意を決して山靴を履く。悪天候上等! と真っ暗な勝手口から外に忍び出ると、雨はやんでいるではないか。これはもしかしたら雨間を縫って上の方まで行けるやも知れん... そんな願いをキックに込めてカブのエンジンに息を吹き込む。


燕へ。
まだまだまっ白な尾根を歩いて、槍に会いに。

スロットルも軽やかに真っ暗な安曇野を北西へと走る。幸い、山からガスが降りてきているようだが雨粒は落ちて来ない。しかし中房渓谷の出口である有明の高原地帯にさしかかる頃、霧に顔が濡れはじめる。雲低高度が低い。雲の中に入ったのだ。加えて前後左右から巻き上げるような突風が僕とリトルカブを嬲りはじめる。南の風が山峡に渦巻き、中房の渓谷は風が吹き荒れていた。


宮城のゲート近くで午前3時半、この風の中をハイクすることもあるまいと、僕はカブをUターン。いま走ってきたばかりの安曇野に降りる。しばらく田園地帯をトコトコと走り、松本郊外の自宅に戻った頃、雲に覆われた美ヶ原・鉢伏山方面の空が鈍く明るんでいた。




ちくしょう。半年ぶりに山の神さまに会えると楽しみにしていたのに。
せっかくのお山遊びの機会を失ってしまった... 唇を噛んで寒々とした茶の間に座りカレンダーを眺める。すると、ある日付けがスポット光に照らされたかのように浮かび上がる。4月29日... なんと、この日は大丈夫だ。家を抜けられる。
(これは家人たちの予定で決まってくることなのだが)




ぐっふっふっふ。常念
来週末に一ノ沢林道のゲートが開く。
一ノ沢の左俣の、あの険しい雪渓を登れる期間は僅かなのだ。


そんなこんなで、元気出して生きよう。

  ◇◆◇

100円均一の【キャン・ドゥ】がお気に入りで、大手Dにはない品揃えがときどき発見と感動を与えてくれる。この日は、アンチョビだ。

数日前に松本駅前・エスパ6階のキャン・ドゥで、アンチョビとペッパーソースを見つけた。試してみよう。


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薄いスチール缶に、期待値が高まる。どんな味わいだろう。


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ペッパーソースは2種類あった。


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エキストラバージンのオイルに、いつものようにニンニクと赤唐辛子が入る。そこへアンチョビを投入、弱火で香りを引き出す。


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トマトは市販品、湯剥きしておいた。


ゆでたスパゲッティ、アルデンテを見計らってフライパンに。このとき茹で汁も少し貰う。水分がオイルと混じり合い、乳化するのだ。この加減が難しく、どこまで強力なガス台を所有しているかで、パスタの味わいは変わる。僕のガス台は、へぼだ。


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できあがり。いただきます。

...うめえじゃねぇか。




※スパゲッティの調理は昨日のこと、お山に行けなかったやけくそでこしらえたものではありません。
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by yabukogi | 2011-04-23 10:38 | 喰い物のこと
2011年 04月 21日

夢まぼろしの春霞

金沢のJun君と、春の霞沢岳を登ろうと約束していた。地元のにゃんこ先生も都合が付けば一緒に、と計画を進め、2011年3月22-23日の日程で陽光あふれる雪稜から上高地を見下ろし穂高を眺めるプランを立てる。しかし山行は震災の影響で延期。以下は、僕自身がモチベーションを失わないために、ここに書く。




 ◆◇◆

雲の上まで行ってきます】のJun君。昨年の5月に霞沢岳に単独トライ、この山の稜線近くに春の一夜を過ごしてきた。また幾度となく対岸の穂高の稜線に登り、この山を眺めてきた。そうしているうちに、あの岩峰のギザギザとかルンゼのいやらしいくねくねとかに、それこそ「萌え死ぬぅっ」というぐらいに惚れ込んでしまったらしい。



そこで、次のシーズンには一緒に、と約束を交わしたところ、足元が切れ落ちてるような場所が大好きな男・【コカゲイズム】のにゃんこ先生が参加してくれることになった。こうして三人で、上高地からテントを担いで森林限界手前で幕営、翌朝に霞沢岳山頂を踏み、下山は雪が締まった早い時間帯に上高地へ、という計画に着手。にゃんこ先生は年度末やら仕事やらで参加に暗雲が立ちこめるが、僕としてはまぁ、無理矢理拉致して行けばよかろうと計画を詰める。ただ僕自身、霞沢岳は夏の一般ルートしか知らない。また積雪期のバリエーションルートは久しぶり。勘が鈍ってるだろうから、六百山との縦走は考えないことにした。





地形図がないと何がナニやら... こちらから



積雪期・残雪期の霞沢岳は最近は西尾根から登られることが多いようだ。こんな日が来るだろうと、僕は以前に西尾根の末端付近を偵察だけしてある。国土交通省の建物があるところだ。正月過ぎだというのに雪からクマザサが出ていて樹林の密度も濃い。ここに突っ込むのは嫌なものだと感じたことを覚えている。しかし今回、計画段階で僕がビビりはじめたのは2,500m付近の雪稜。地元でここを何度か登っている人物(電話屋)がいて、或る夜、彼のところに情報を仕入れに出かけたのだった。聞く相手を間違えたのはこの電話屋、実に描写能力、プレゼン能力の高い男で

「いまちゃん、そりゃあねぇ、うふふ写真見る? ここがさ、ほぉぅら、ね。怖いの何のって毎回玉がきゅんってなる最高。ぐひひ」

こんなヒアリングを受けてしまったため、リッジの高度感とか墜ちた時のスピード感などが擬似的な感覚になるぐらい、僕はびびってしまったのだ。この先の岩峰は「容易に巻いた」とか「フリーで(ロープ無しで)登れた」などと記録にあるから、まあ大丈夫だろう。



しかしこの雪稜にびびる程度の技量なら、春の北ア稜線に来てはいけないのだ。そこで僕はどうしたか?



他のコースを探したのだ。



もとより、徳本峠からの一般道では、どの程度コースタイムを想定しておけば良いのか判らない。夏に無謀にも日帰りしたおり、僕は明神の分岐から山頂往復で12時間を必要としている。3月ならば2倍にして... と計算すると、一泊ではかなり時間的に厳しい行程になる。んが、哀しい主夫には、そんな休みは許されないのである。



そこで丹念に記録を読み漁り、仲間内に聞いて回り、いくつかのヒントを得た。



まず、西尾根以外にもルートが取れることが判ってきた。その中でも、釜トンネルの松本側にある赤怒谷トンネル付近に落ちている南西の無名尾根(一説にはワラビ沢尾根)は地味に面白そうである。1841ピーク、2254ピークと樹林帯を歩き通し、2254の先で幕営。地形的に西風の通り道だろうが、ブロック用の雪はたんまりあるだろう。翌朝2,450mでダケカンバ帯を抜けハイマツ=雪面を這い上がると山頂。しかしこの提案は「距離が長すぎ」とあっさり却下される。



そこで、腐れ雪ラッセルの行程を短縮しようと、釜トンネル出口から取り付くルートを考えてみる。デブリの右手から産屋沢左岸側斜面に取り付き、支流から1884コルまで標高差400mちょい、この先は上に書いた尾根のコース。幸運なことにここを登った記録に出会えて、2254ピークまで5時間とある。実現可能性が高まる。



こうして計画はどんどん具体的になってきて、天幕のこと、スコップの用意、ロープや装備を確認し合う。来週あたり、最終的なルートを打ち合わせつつ、食糧計画を組み立てて登山計画書を作ろう、と考えながらパッキングもすませる。1月に山から伐ってきた細竹も充分乾いて、これに赤布を結び、20本ほどのワンドも拵える。ワンドの長さは迷いもあったが、新雪どっさりということもなかろうと、細竹を2尺に切り揃える。僕はガス缶とアルファ米を買いに行き、そしてその翌々日に、大地震の揺れが来た。





 ◆◇◆

春が日に日に濃くなってゆく。もうすでに西尾根、南西無名尾根の下の方はブッシュが酷いだろう。来シーズンにまた計画しよう、と思っていたら、知人のクライマー(焼鳥屋)が八右衛門沢のことを話してくれた。



『日本登山大系7・槍ケ岳・穂高岳』その他の資料にあたれば、この八右衛門沢の記載は多数ある。1984-5年頃に徳本峠からの一般道が付けられるまで、この八右衛門沢がノーマルルートとされていたようなのだ。ノーマルルートとはいえ、地形図で確認すれば水平距離約1kmで標高差1,000m以上を突き上げる急なルンゼである。無雪期の記録を読むと、ノドのような狭隘部ではチョックストーンを越えて登高しており、あるいはガレ場の脆さから落石の激しさが窺える。念のために近所の松本市中央図書館にある『新日本山岳誌』(日本山岳会編)をひもとくと、1998年に起きた上高地群発地震の際に崩落が起きたのか、一般ルートとしては勧められない旨の記載がある。余談になるが98年の地震では東鎌尾根や南岳新道も崩落して使えなくなったほか、滝谷のクラシックルートも様変わりしてしまったそうだ。



それから経過した年月を考慮し、崩落は少し落ち着いているだろうと考える。5月-6月、残雪期ならではの硬い雪渓が浮き石をコンクリートしてくれているうちなら、僕にも登れるだろうか? 前述の焼鳥屋は「おめ、夏でもIII級ねぇだ、なぁにびびってるだ」と叱責をくれる。一応ふたりに打診しようと、そっと小声でJun君とにゃんこ先生にお伺いを立てて、僕は後悔した。もとより水平指向の僕とは異なって、ふたりとも歩くより攀じるほうが好きなのである。ルートの様子を伝えたら「それいい、まじでそれいい」となってしまったのだ。



下界は初夏のきざす5月の終わり頃、かのウエストン卿も登った古いルートで、僕らは雪と戯れるのだろうか?
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by yabukogi | 2011-04-21 17:32 | これから歩く山
2011年 04月 20日

安曇野の森で黄色いあひるに出会う

安曇野の一角から、すこし山に分け入る。

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里山は、春を迎えている。
三月まで残っていた日陰の雪も消えている。
地面近くに、薮なす蔓が若い芽を伸ばし、みどりが所々に。




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地形図にも無いトレイル。
どこまで続いているのか、何年も気になりながら、この先を知らない。



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どんな仕事をした機械たちだろう。
棄てられ、草と落ち葉に埋もれた鉄。
さびをまとい、少しずつ土に還ろうとしているのか?

ここにも。
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なるべく尾根筋に寄る。
樹林越しに常念の姿が見えないだろうか...
起伏は複雑にうねり、お山は見えない。

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沢を見下ろす地点に、おおきな赤松の樹が立つ。
午後のひかりに樹皮がまぶしい。





地形図で方角の見当をつけて、里近くまで降りる。
広葉樹の明るい林は、檜の植林に変わっていた。

暗い林の地面に、誰が置いたものだろうか。

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こたさん、拾って帰りましょうか?  
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by yabukogi | 2011-04-20 13:14 | ぶらぶらと歩くこと
2011年 04月 18日

半年以上、収入が無い



半年以上、収入が無い。


たった100円の稼ぎも、無い。

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半年以上、というのは
僕のところに転がり込んでき来て半年。
その前も、同じようなものだったのだろう。



前向きに生きよう、とか
明日からは頑張ろう、とか
せいいっぱいいのちの輝きを、とか
ほほえみを広げよう、とか


そういう思いも、無いようだ。


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by yabukogi | 2011-04-18 15:45 | ねこのこと
2011年 04月 08日

息を殺して。気配を消して。

この日。この時。
僕は仕事部屋のデスクの上で、空き缶工作に没頭していた。



視線を感じる。気のせいか?



...いや。庭に誰か居る。

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近所の野良、ミルクティ(雄)だ。息を殺して。

> この直後、ミルクティは....
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by yabukogi | 2011-04-08 14:50 | ねこのこと
2011年 04月 06日

森へ。

森へ。少しの時間だけ。たましいを休めに。


裏山の果樹園を抜けて緩やかに登り詰めていくと、そこは北アメリカプレートの、西の端っこになる。このプレートには日本列島の東半分が乗っかっており、岩盤は北米まで続いているそうだ。こう言われても現実感覚を伴わないが、これが地球科学での定説らしい。とにかく約30分、高台の森の小径を歩き、プレートの端っこに立つ。

すると安曇野の向こうには、隣のユーラシアプレートの端っこであるところの常念山脈が、ずんと聳えているというわけだ。


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芽吹きまで間がある広葉樹の森は、伸びやかに明るい。


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常念山脈は、まだまだまっ白。この辺りからは、穂高は大滝山の陰になって見えない。槍も、常念の裏に回って隠れる。




もう少し歩いて、できるだけ高い所まであがってみよう。

> 北アの山々をズーム....
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by yabukogi | 2011-04-06 14:49 | 里から眺める山