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2010年 08月 31日

炊飯スペシャルなストーブだ

あまりにも今更ながらのアルコールストーブなので、備忘録に留めておく。


径の違いの妙に気付いた先人の知恵の深さには驚かされる。米国でPepsi Can StoveまたはBeverage Can Stoveと呼ばれる物は、ペプシ缶の径がテーパー状、つまりは缶の上か下かの口径がやや細くなっているので中抜き上下合体が可能であり、これにより軽量ストーブへの道が開かれた、というような記事を読んだことがある。


ほぼ同じ径の缶を、ここが重要で、ほぼ同じ径の缶を組み合わせることで、ストーブは作ることができる。同じ径だと無理矢理嵌め込むことになるから歪みや凹みができて、たしかに格好はよろしくない。「ほぼ」同じであることから魔法のような組合わせで、あのSANPO'S CF Stove(R)のような精妙なストーブができるわけだ。


真似ようと真似できる物ではないから、真似できるレベルで僕も作ってみた。が、あくまでも別カテゴリに属する別なタイプである。


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横着にもさんぽ師匠のスタンドを、そのまま使わせていただく。お叱りを受けるだろうから地酒でも仕入れておかねばなるまいが。部材がほぼ同じであるから、寸法面は、魔法のようにぴたっと決まる。

当初は噴出口を8穴としたが、火力が足りない。プレヒートも上手く行かない。そこで16穴に。穴は1.5ミリ、もっと細いものがなかったのだ。プレヒートは、センターのくぼみに数ccの燃料を垂らし点火する。10-15秒ぐらいでノズルから気化したアルコールが吹き出してくる。中に仕込んだCF(カーボンフェルト)が働いていて、燃料を吸い上げて高い位置に保持してくれていることが重要。これがないと噴気までに時間が掛かるのだ。

 >> 果たして使えるストーブか?
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by yabukogi | 2010-08-31 10:24 | 山の道具のこと
2010年 08月 29日

豚骨アタック・2010

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少年時代を過ごした北部九州のある小都市。再開発という名の暴力が蹂躙した街に、そのラーメン屋はもうない。一龍軒。その記憶は、薄汚れた店構え、外れそうな看板、通りに漂い流れる豚骨臭、そしてどんぶりという小宇宙に詰め込まれた味覚。そのどれもが僕のたましいを震わせるほどに、熱く、遠く、切ないのだ。

決して再び手を触れることができないもの。しかしその面影は、意外に身近なところにあった。

 >> 替え玉、いかがっすか?
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by yabukogi | 2010-08-29 09:47 | 喰い物のこと
2010年 08月 27日

美しい山を歩いた

8月27日金曜日。朝。
登校する長男坊をバス通りの交差点まで送ってやろうと、家を出る。
とうちゃん、足に湿布がついてるよ。
坊主に指摘され、苦笑しながらアキレス腱上の鎮痛消炎テープを剥がす。
同時に脚の痛みがすっかり消えていることにも気付いた。
そう、昨日までは確かに、痛みという感覚があったのだ。


山から帰って足に出た筋肉痛までが、去った...。
そうか、山を歩いた折りの生々しい感覚。帰ってからの痛み。
そういったものはゆっくりと僕の中に沈殿しはじめていて、
やがてひとつの記憶と体験として、定着されてゆくのだろう。
この定着のプロセスを、僕は心のどこかで拒んでいる。
安易に定着させたくない。いや、生々しい感覚を失いたくない。
まだ僕には、今回の山旅を過去のこととして
受け入れる用意ができていないのだ。

  ◇◆◇

ブーツは帰った翌朝に洗って干した。
テントも干してたたんだ。
クッカーも洗って、何もかも山に出かける前と同じように手入れして整えた。
部屋の中の風景は、先週も今週も変わらない。
ほんとうに僕は、あの美しい山を歩いたのだろうか。

決定的に違う部分がある。
それは、ハイバックチェアに座っている僕が、
いきいきと登山計画書を作っているか、
ぼうっとしたまま庭を眺めてるかの違いだ。

僕は、魂をどこかに置いてきてしまったのだろうか。


僕はあの美しい山を、間違いなく、歩いたのだ。

  ◇◆◇

遅かれ早かれ、定着のプロセスはやってくるだろう。
【槍隊放題】は、記憶と経験という透明なガラス瓶に、
やがて封印されてしまうのだ。
劔を味わうなんていう、こんないたずらな光景とともに。


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がぶんちょす。







がぶんちょす(c)放置民    放置民によるピークイートのこと
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by yabukogi | 2010-08-27 16:54 | 北アルプス・主稜線
2010年 08月 22日

天幕担いで、めし担いで

明日から、一泊二日の間だけれども、山で過ごす。

飯をどうしよう。何を担いで行こう。調理は? 水は? 保存は? 重量は?
あれこれ悩んで献立を替えたりして、なんとかそれらしく準備を終えた。

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一日目の喰い物と酒。
上段、カルパス、ソーセージ、ウイスキー200cc、焼酎200cc。
左下は、2食分のアルファ米、昆布だし、高菜漬けを炒めたもの、ピーナッツとアーモンド。

北九州出身者が3人居るので、高菜飯を炊こうと思ったのだ。
このほかに、おにぎりかパンを加える。これが初日の朝昼兼用の飯になる。





二日目。朝は、じゃこ飯を炊こう。

 >> 飯は? ツマミは?
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by yabukogi | 2010-08-22 18:29 | 喰い物のこと
2010年 08月 15日

遠く稜線へと続く森の道・大滝山

この日、僕は北アルプスの一角で、どこまでも深い森の中を歩いていた。

その森は、稜線まで続く深い深い森だった。どこまでも続くような、森の道だった。2010年8月15日。この日この山で、僕はたった5人のハイカーに出会っただけ。静かな静かな山だった。


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お盆休みの日曜日。なのに誰もいない。林道のゲートには地元ナンバーの4WD車が一台だけ、置かれていた。

鳥の声しかしない。どこでも聞かれるハイカーの熊鈴の音、交わす挨拶の声、乾いたストックの音、そうした音が何も無い。

僕も黙って歩いた。ときどき、熊が恐くてホイッスルを鳴らした。鳴らしても鳥たちはさえずりを止めない。これで熊たちにも聞こえてるのか、心細くなったりもした。

 >> つづきも、寂しいだけ...
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by yabukogi | 2010-08-15 20:58 | 北アルプス・常念山脈
2010年 08月 09日

越後くびき野、鵜の浜海岸

また海に来ていた。

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今年、いく度目だろう。上越の或る海岸を気に入ってしまって、こどもたちと何度も出かけ、過ごしている。この週末は松林の中の草地に幕を張り、タープを一枚、頭上に掛けた。キャンプ道具と言えばいいのだろうか、スクリーンタープとかチェアとか、大げさな道具たちは持って来るのも面倒で、床などリッジレストを4枚放り広げただけ。家人が苦笑する。椅子持って来なかったの? いいのだ、ローダウンスタイルと言うのだ。

 >> 海辺にて...
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by yabukogi | 2010-08-09 10:38 | 書くまでもないこと
2010年 08月 03日

壊れたはずの高度計

BARIGO No.46というリストオン・アルティメータを愛用していた。ところが昨年夏の槍・飛騨沢の登りで高度計が暴走してしまって、以後使えなくなってしまった。脂汗を垂らして飛騨沢を歩きながら千丈乗越への分岐を左に取り、西鎌尾根へあとわずか...


高度は、【8888】を指していたんだ。



そのとき、僕はあまり良くないコンディションにあった。理由は、睡眠不足と照りつける太陽、そして衰えた身体能力。前夜は2時間ほどしか寝ていない(同行のチャイさんはまったく寝ていない)。飛騨沢の上の方はすこーんと開けたカールになっていて、森林限界を超えると同時に全身を炙られる。こんな条件が揃ってふらふらになっていたところに、幻聴と、幻視が現れたのだ。


アブやブユがもの凄かったのは事実だ。いちめんのお花畑だったから。その羽音に混じるようにぶつぶつと読経のような声が聞こえていたのも、事実だ。般若心経? 僕はいつの間にか読経に合わせて唱えはじめていた。羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶... さらには、目の前の植物の枝や芽がするっと伸びてぱかっと葉が開く、その瞬間も目撃した。最初は錯覚かと思ったのだが「ぱかっ」が数回繰り返されるうちに...


僕は、僕自身が見たり聴いたりした出来事を素直に受け入れられない、そういう状況だったのだ。


高度計が【8888】を表したときに、もうおしまいかと思った。死んだ婆ちゃんの声が聞こえたのだ。ここはチョモランマよりも高い所。このまま高度を測り続けると、僕が立っている地点はさらに高く高くなってゆき、やがて死んだ婆ちゃんたちと一緒にいるんじゃないかとさえ、思えてきたたんだ。そこで、静かにふたつのことをした。ひとつは高度計を時計に切り替えること。もうひとつは、担いで来た3リットルほどの水を捨てること。


こうして僕は少し落ち着いた。考えてみれば、怪異とか超常現象とかそういうエキサイティングなことじゃなく、単にデジタル液晶表示の回路が壊れて【8888】を示しただけなんだろう。この単純なことに気付くまで、少し時間が掛かったのだ。つまり、僕は水を捨てるべきではなくて修理に出すことを考えれば良かったのだ。


壊れた高度計自体は、その後も僕の左の手首にあって、未練がましく何度か自宅やお山で高度の補正も試みてみた。結果は故障したまま。どこでどう合わせてもすぐに狂ってしまう。常念岳山頂が4,000メートルを越えてしまうなんて、2回経験したらもういいだろう? こうして、高度計として使うことを止めてしまったわけだ。



2週間ほど前、僕は海に出かけた。このとき穏やかな海面に仰向けに浮かびながら、ひさびさに高度計モードに切り替えて、ゼロにセットしてみたのだ。壊れた高度計め、いつまで俺の腕に居る? そうつぶやきながら。そして2週間後にこれを思い出して、そのときのゼロセットは、その後いかが? と、また高度計に切り替えてみた。【1977】になっている。そのとき居た場所は家の近くで、おおよそ海抜高度600メートル。あれ? フィートに直すと1,968フィートだよ。数メートル数十メートル程度の誤差はよく起きることだ。あれ、もしかしたら、壊れてなんかいないのかもしれない。


この瞬間に、すべての謎が解けはじめた。あの日、槍に向って飛騨沢を詰めて行ったあの日、最後に正確な補正を行ったのは槍平小屋(標高1,990m)だ。携行していた地形図にも小屋の北西にある【1991】標高点を赤く囲み「テン場」と書き込みしてある。槍平小屋のテン場で「1,991m」に補正せよ、という意味だ。ははあ。僕はどうやら、これを行った後、無意識な誤操作でメートル表示をフィート表示に変更してしまったのだ。だから、槍平以後の高度表示は全部フィートで、千丈乗越直下のあの地点(約2,700m)では【8888】フィート=2,709メートルを指すに決まっている。偶然に8がぞろ目に並んだ瞬間を見てしまって、うろたえただけなのだ。


壊れていたんじゃなくて、フィートになっていただけ。


一昨日この事実に気付いた時、僕はなんて馬鹿なんだろうとしみじみ感じ入りながら、あらためて自宅の海抜高度の数字に腰の高さの1を足して、セットし直したのだ。もちろんメートル単位で。


あまりに馬鹿らしいような、間抜けを通り越した気分で、朝のランに出かけた。


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 >> 続きは汗まみれだ
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by yabukogi | 2010-08-03 16:08 | 山の道具のこと