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2010年 01月 30日

爪は研いだが、牙は

爪は研いだ。良く刺さるよう、研ぎ上げた。

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しかし、おのれは何をして過ごしている? ふと気が付けば、このひと月は自宅より高い所へ出かけていない。


某日仕事でほんの少し高い所に居た瞬間もあるが、通過したようなものだ。松本市にある自宅マンション(部屋)の海抜高度は、およそ610m。これは今キーを叩いているデスクの上で、という計算だ。高尾山山頂よりもやや高い。でかける時はここを出て降りて行くから、市街地の少し低いところで過ごすことになる。出先にも高層階はないから、まず間違いない。


おい、こんなことでいいのか?


そのまま近所を走れば1,500-2,000mぐらいの山はたくさんあるのに、おやおや、裏山にも近くの里山にも行かず、くすぶっていたのか、数十日も! 盆地の底に淀んだ空気を吸い続け、静電気とノイズが溜まりに貯まっているではないか。


牙を抜かれたような日々である。しかし。岩波現代文庫で『死のクレバス』(J.シンプソン著)に没頭し、また凍てつく稜線を眺め、たましいだけは研ぎ澄ましているのだ(ほんとうかっ?)。

続きでもないが
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by yabukogi | 2010-01-30 16:52 | 里から眺める山
2010年 01月 27日

その男、生活習慣病。

twitterにいる仲間たちが【テキサスバーガー】のことをぶつぶつ、ぶつぶつ言っていた。ぶつぶつ今日はテキサスを喰うぞ。ぶつぶつマクドなう、テキサスキタァーーー!

白状すると、昨日までテキサスって何のことか知らなかったのだ。田舎に暮らしていると、ただでさえ少ない情報との接触機会がさらに減る。TVも観ない雑誌も読まない、何も入ってこない。最近はニュースクリップもRSSも止めちゃったから、僕と世の中との接点としては、ここにコメントくださる方々とtwitterでフォローしている27人だけなんだ。そんなこんなで、【テキサスバーガー】のことも知らなかった。マクドナルドに行かない主義とか、そんな大仰なことではなく、店頭に行く機会がなく、ただ知らなかっただけなのだけど。




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きのう家人と国道沿いのマクドナルドに入る。世の中では別に珍しい光景でも何でもない。けれど、僕の場合に限っては、ただすこしだけ背景というか、事情がある。僕は自分の身体に起きているある変化には気付いていて、その変化をストップしようと、あることを決めていた。大晦日だったか、こう宣言したんだ。


もうしません おおもり おかわり 二人前

続きというほどでも、ない
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by yabukogi | 2010-01-27 16:31 | 書くまでもないこと
2010年 01月 21日

テーピング万歳

山をとぼとぼ歩いていれば、足の裏が痛むこともある。足底筋膜炎(そくていきんまくえん)というそうだ。

足の裏の骨が、ごつっ!と地面に叩き付けられるような痛みだった。10月に赤岳に出かけ県界尾根を往復した時、下山して林道の舗装路を歩きながら、次はどこの山へ行こうか、などと語り合ってるときだ。右の足親指の付け根の骨が、足を出すたびにダイレクトに接地する感じ。そこだけ靴底が薄くなってるような錯覚を覚えて、右足に体重を載せる瞬間が、痛く辛い。


む....。

何だこれは。林道歩きがつまらない、という僕のきもちが起こした幻眩(げんまい)なのか? 下リンクの図版では【種子骨】と書かれているあたりが、がんがん叩かれるのである。そういえば、槍から下山して蒲田川・右股の林道を歩いてるときにもメンバーのjun君が同じようなことを訴えていた。下山後によくあることなのだろうか? 




>>足の骨の図解や名称については、こちらをどうぞ。めくるめく人体のインナーワールドを満喫できるのだ。

続きというほどのことでもないけれど...
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by yabukogi | 2010-01-21 11:28 | 書くまでもないこと
2010年 01月 19日

美ヶ原トレイル構想

【八ヶ岳山麓スーパートレイル】は、これまでもいろんなメディアで取り上げられて来たからか認知度も高そうだ。一方、近くの美ヶ原で【美ヶ原トレイル】構想が温められていることは、あまり知られていない。構想の詳細は、昨年末の新聞からの引用記事に譲るが、美ヶ原山塊の北にある戸谷峰から美ヶ原の高原台地を巡り、三峰山、鉢伏山を経て牛伏寺へ降りてくるというもの。おおむね、松本市域の境界東側のラインをなぞる格好になる。なお後半、三峰山山頂から鉢伏山山頂までは中央分水嶺をトレースする。コースの北側は薄川(すすきがわ)から田川・犀川・千曲川となり信濃川と名を変えて日本海に注ぎ、一方の南側は砥川から天竜川に合し太平洋へ向かう。


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このトレイルの起点は、保福寺という集落。ここは峠の下に踞(うずくま)るような山間のむらなのだが、かつて「日本アルプスの登山と探検」を著したウオルター・ウエストン卿(1861-1940)は、安曇野への旅にあたって【保福寺峠】から保福寺集落へと降りている。このとき、彼は初めて、ガウランド名付けたところの「日本アルプス」を目の当たりにしたのだ。峠から眺めた常念山脈の姿に鼻息を荒くしたのだろう、記録に残る最初の常念岳登山を敢行。ただし、資料を眺めた限りでは、前常念岳のピークを踏んでいるようだ。1894年(明治27)のことである。

地味な話である
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by yabukogi | 2010-01-19 13:25 | 筑摩山地・美ヶ原
2010年 01月 17日

その男、悶絶中。

その男、松本のまちに棲み暮らしながら、きょうも悶絶している。

 ■□■□■

某日。アイゼンの爪を研ぎに行く。
その男の手帳と経歴を観察すると、どうもまともな冬山には行けそうもない。精々が平日仕事を抜け出して、半日を近所の里山に遊ぶ程度だろう。これでは装備たちが報われない。大した装備ではないが、救いがない。裏山に登っても2,000m、装備の出番がない。唯一、仲間に誘われている北八ヶ岳のスノウハイクでも、爪は要らない。替わりにストックが要るはずだが、その男、2本のストックを持っていない。仕事の都合も未だつかない。果たして男は北八ヶ岳に行けるのだろうか、いまから気がかりでならない。

やけになるわけでもなく、以前に片方を研いだまま放置してあったアイゼンを研ぎに行く。知人がやってる鉄工所の片隅で、慣れぬ手つきで足踏み式グラインダを回す。熱を持たぬようにとろとろやるから遅々として進まない。日が暮れるまでに半分も終わらない。

 

続きというのもアレだが...
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by yabukogi | 2010-01-17 14:11 | 書くまでもないこと
2010年 01月 10日

お山に雪、里も雪

せわしない。

ばたばたと走り回る。安曇野あたりで用事を済ませていたら、雲が切れて常念岳が姿を見せていた。


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雪煙かと見まがうような、荒々しいガスが常念にまとわりつく。常念岳は、松本付近から仰ぐと、前常念岳(2661.8m)と本峰(2857m)が重なるため、きれいな三角錐になる。蝶ヶ岳側のごつごつも、特に午後の日差しを浴びると男前である。しかし裏側、なぜか槍ヶ岳からは山体の曲線が強調されて母なる乳房のようにやさしい姿になるから不思議だ。

まあ、続きというのも何だが...
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by yabukogi | 2010-01-10 03:34 | 里から眺める山
2010年 01月 03日

唱えよ南無阿弥陀佛

この正月の黒豆は、地元の【信濃黒】という品種を炊いたものをいただいた。

黒豆を煮るのに、古釘を用いる。化学式では理解できていないが、酸化第二鉄か何かが豆のタンニン成分とどうにかなって、豆が黒く艶やかに煮上がるからだと聞いた。数日前。暮れも押し詰まって、一昼夜水に浸けた豆を火にかけてから、あわてふためいて古釘を探しまわる。マンション暮らしでは、ふつう釘を使わない。やむなく近所に貰いにいこうと着替えはじめたら、汚れたビニルにくるまっている錆びたハーケンを見つけた。亡くなった僕の親父のものである。息子の大豆が、砂遊び用に欲しいと言うので与えておいたのだ。このハーケン、どこの山で使ったのかは今となっては伺い知れぬが、リスに打ち込んだあとで引き抜いたと思われる跡が数条、そこから広がったものか、鉄の木の葉は見事に錆びていた。それをさらに、大豆が砂遊びに使ったものだから錆びはアゴからリングにまでまわり、それこそ真っ赤っかだったのだ。


ハーケンで炊いた黒豆は、僕のはらわたよりもくろぐろと光沢を放っていて、かざしてみるとジャンダルムのようだ。ちと大げさか。とにかく、そんなぬるやかな三が日が終わろうとしている。お世話になった皆さま、本年もよろしくお願い申し上げます。


我が家、家族そろっての初詣は、安曇野のさるお宮と決まっていた。それこそ数十万人が訪れるような由緒あるお宮である。嶺宮(みねみや)は、上高地の正面の岳沢を登り詰めた吊り尾根を西に進んだ高いお山のてっぺんにある。このお宮、信州の真ん中あたりにありながら船にまつわる神事や祭が知られており、船という交通手段から転化して、乗り物すなわちクルマの安全を祈願する。だから僕も、そうしていた。しかし、これは決して大きな声ではいえないことだが、僕は昨年交通事故にあっており、崇敬者としてはご利益のほどを判じかねていた。うむむむ。神様の軽重を「効き目」で測るような気がしてならんのだが、今年はお寺にしよう。



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そんなこんなで、善光寺さんへ詣でることになった。僕はお宮では、神事の際も柏手を打つ際も所作を心得ているのだが、お寺はさっぱりわからない。とりあえず、いや、とにもかくにも南無阿弥陀佛、南無阿弥陀佛と繰り返して、境内を後にするのであった。平成二十二年。これが吉と出るか凶と出るか。いまから雲行きは怪しいのである。

続きは...
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by yabukogi | 2010-01-03 19:07 | 書くまでもないこと
2010年 01月 01日

書くことが何も無い

おだやかに、明け暮れている。


山にも行かず、山を想わず、下界で煩雑な日常に取り囲まれて苦悶する。おだやかな年の瀬には、風も吹かず、槍も降らず。そうこうしているうちに、干支の丑が去り寅が来たという。本当かどうか、あとで見に行ってみよう。そんな折り、皆さん、暮れたり締めたり振り返ったり、一夜が明ければ祝ったり。ところが僕は、ここに書くべきことが何も無いことに気づく。


そう、書くことが何も無いのだ。


今さら薮のなかから言祝ぐ言葉も無用なのだ。ならば黙して語らぬというほどお利口さんでもない。書くこともすることも何も無いというしずかな年の始まりを、しみじみと噛み締めているのだ。


暮れに、北アの稜線に上がる友を迎えて、わずかな時間の歓談を楽しむ。許されることならば、このまま山に向かいたい! 連れてってくれ! しかし僕の装備と技術では、厳冬期の北アは無理だ。僕の分まで楽しんできてくれるがいい、吹きすさぶ稜線の風の凄まじさとはらわたまでが凍る寒さを、あとで語ってくれ。


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暮れの松本駅コンコース。都内なら違和感があろうが、ここではごく普通の光景なのだ。

とにかく続きが...
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by yabukogi | 2010-01-01 11:03 | 書くまでもないこと