その男、薮の彼方に消ゆ

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2008年 08月 14日

霞沢岳 08/08/14

霞沢岳を常念山脈の末端ととらえると、少し違和感も覚える。

しかし紛れもない事実で、上高地のあの裏山は、唐沢岳・餓鬼岳からはじまる山脈の続きなのだ。この山を歩いた2008年8月14日の記憶はいまなお鮮明で、部分的に薄れている部分もあるだろうけれど、なまなましい。その記憶の手触りの正体が掴めずにいる不思議さも、この霞沢岳という個性的な山の一面なのだろう。



霞沢岳を対岸にあたる穂高の稜線から眺めた時の印象は、強烈だった。標高はいくらか低い筈なのに、上高地から迫り上がっている。八右衛門沢や六百沢が突き上げている稜線部分は花崗岩の白い岩塔に囲まれている。鋭利なタワーをいくつも従えた、まるで天空の城塞のようだ。こんな姿のまま、僕のずっと古い記憶の中で醸されてきた憧れを抱いて、真夏の一日、無謀にも日帰りを試みた。



諸事情あって、つまりは育児とか家事の理由なんだけれど、家を空けることができなくて時間的な余裕の無い計画だった。しかも予報は雨、雷雨。好天を伺えば、今度は家を空けられるか判らない。だから僕の行動は、天候より家庭の事情で決まる。この夜も、夕食や子どもの入浴を終えて寝かしつけ、台所に戻って翌日分の食事の支度を終え、24:55に家を出る。哀しい主夫である。屋内は蒸し暑かったけれど、外はひんやり涼しい。すぐに肌寒さを感じてカッパを着込む。カブのキックペダルを踏む。霧雨に震える松本市街地を走りながら、国道158に突っ込む。




深夜に沢渡からタクシーに乗る訳にもいかない。けれど交通機関を待てば日帰りは叶わない。そこで、いくらか眉をひそめるようなことでもあるのだが、坂巻温泉の先で158号の「旧道」が残されている薮の中に、カブを置くことにする。こうすれば冬季の上高地入りと同じように、釜トンネルへとすぐに入り込めるのだ。




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02:21、予定通り、カブをデポする。風が出てきたのか、ガスが渦巻いている。やはり今日は雨か。硫黄臭いトンネルをふたつみっつ抜けたら、そこは釜トンネルのゲートだった。トンネルは新しくなっていた。むかし合宿でここを歩かされたおり、凍った路面にアイゼンを履かされたことを思い出す。真新しいコンクリのトンネルといえども、やはり恐ろしい。タマを縮み上がらせて後ろを何度も振り返り、何も見えないことを願いつつ、通過する。トンネルを抜けたら、余計に恐ろしくなる。霞沢発電所の方から凄い水音が響いてくる。ガスはいよいよ濃くて前も見えない。産屋沢の方ではけものの気配もする。引き返さずに進めたのは、再びあの恐怖のトンネルに入って行く勇気がなかったからだ。



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暗黒無人のインフォメーションセンターで朝食休憩後、05:20、霧の明神を通過。05:38、白沢分岐。白沢の道を峠に向う。途中、徳本峠のあるじ殿か小屋番殿と言葉を交わす。振り返っても明神岳、穂高岳は見えない。07:40笹の稜線に出る。峠の小屋に寄って行こうか瞬時迷うが、特に用事もない。佇まいが変わっていないか確かめたかったが、また来ればいい。これが多少の後悔を残すことになる。




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ジャンクションピーク2428への登りの傾斜は覚悟していた。が、道は電光型に付けられており、とても歩きやすい。08:45ジャンクションピーク2428でこまかい雨が降り出す。すでにカッパを着ていたので、ゲイターだけ装着。明神で水を注いだアルファ米五目ご飯を、歩きながら食べる。

ジャンクションピークから小嵩沢山方向、南への分岐を探すが、踏み跡のかけらも無い。たしかに無雪期にここを南へ向う記録は読んだことが無いから、そんなものなのだろう。僕が小嵩沢山へ向うとしても積雪期しかあり得ないだろうから、踏み跡など期待できないことを確認すれば充分だ。



尾根が北西方向に向きを変える。樹林帯の中、二重山稜となって池溏が現れる。積雪期のテン場の目星をつけておき、地形図に書き込む。地形図が雨で崩れそうになってくる。2320m付近ではじめてハイカーに会う。後方から現れてランナーの如く抜き去って行った。



アップダウンは、尾根の起伏を忠実に拾って、僕を疲れさせる。相当量のカロリーを摂取しているにもかかわらず、長時間の行動にバテはじめる。霞沢源頭部の崩壊地(地形図に記載がある)地点で10:25、坂巻温泉近くから歩きはじめて8時間が経過している。ザックのデポ地を探す。この先、行動食と水小物だけあればいい。しかしへろへろだ。ろくに休憩も取っていない。筋肉に乳酸が増えている感覚。だるさ。敗退の二文字が脳内点滅を始める。



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どうやら時間切れか。悪魔の直腸のような泥濘のK1の登りに悪態をつき、11:46、K1ピーク。視界の無いピークで立ったまま小休止。戻る? 進む? するとガスの中、霞沢岳本峰方面からハイカーの一団が現れる。「これからですか、がんばって」「いや、時間切れなのでここで帰ろうと思います」「なにを。往復50分ですよ」

これで気持ちが定まった。別に帰りのバスの時刻に縛られる訳じゃない。最悪、ツエルトも持っている。



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K2付近でいよいよガスが濃くなる。対岸の穂高はおろか、すぐ隣の六百山すら見えない。




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12:20、ようやく、諦めかけた末にとぼとぼと辿り着いた山頂にて。


山頂からさらに伸びる縦走路は、ない。一面のハイマツの海は深く、無雪期に歩けるところではないのだ。僕の後には、時刻を考えると誰も来るまい。追い抜いて行った高速ハイカーも、往復50分と励ましてくれたグループも帰路に着いた。つまり、このとき、霞沢岳には僕しか居ないのだ。ながく憧れた山頂に座り込んで、やがてざぶざぶと音を立てて降り始めた雨の中に放心して、少しだけ過ごす。視界はさらに閉ざされ、雨はどんどん激しくなる。


不思議なものを見た。
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こんな標高の高いところに、ひきがえるが居る。何を食べているのだろう。




かえるの写真を撮っていると、空気がぴーんと震える。ホコリっぽい匂いがし始めたら、対岸の穂高でばりばり落雷が始まる。霞沢岳は、独立峰である。三本槍と呼ばれる鋭いピークを持つ。これじゃ避雷針みたいなものだ。僕は夏の午後に、その上に座り込んでるのと同じだ。




残っているグリコーゲンをぜんぶ燃やしながら、僕は走った。近くに落ちはじめたら稜線に身を伏せるしかない。登り返し以外、駈けた。K1ピークの下りで泥だらけになって、ようやく樹林帯に入り込めた時にはふらふらになっていた。

雷の音はだんだん遠くなっていった。しかし雨ははんぱじゃない。滝のように落ちてくる。デポしてあったザックもずぶ濡れ。カメラを仕舞って濡れたザックを担ぎ、ジャンクションピークへ登り返す。さらに、峠から上高地に降りる沢の道は増水して足の置き場が判らず歩きにくい。まだまだ旅は終わらない。記録がないので正確ではないが、遊歩道がすっかり冠水した明神に戻ったのは17時近かっただろう。そして小梨平を過ぎて帝国ホテルを眺め、だんだんと暮れなずんでいく上高地を後にしてふたたび釜トンネルに潜り込む。カブを薮から引っ張り出したのが20時近く。なんと17時間以上の行動となった。





峠の小屋は、その後取り壊され、一部を残しつつも再建された。少年時代に島々谷から登り上げて辿り着いたあの佇まいには、もう出会えない。
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by yabukogi | 2008-08-14 23:00 | 北アルプス・常念山脈