カテゴリ:喰い物のこと( 70 )


2011年 05月 24日

芋と鶏の炊込み飯

めしと具をあれこれ炊込んでみると、酒の肴になる。


ポットひとつで簡単に作れるならば山の飯にもよろしかろうと、僕なりに工夫を重ねてきた。フリーズドライの「かに汁」を具の代わりにしてみたり、魚肉ソーセージをカレーやキムチと炊込んだり。他にも記事にはしていないけれど、ワカメやツナ缶、塩エンドウ、あるいは味噌で焦がした蕎麦の実など、それはもうめくるめく味わいのハー&モニーを、小さなソロクッカーの中で奏で続けてきたのだ。


未着手の課題があった。芋である。芋を上手く使えないか思案していたのだ。先人たちの工夫はどうだろうと男の料理系の情報源を漁る。やがて辿り着いたブログは【バックパッカーの旅日記】という山歩き&食べ歩きの記録blog。そこで展開されていた『サツマイモと鶏肉の炊き込みご飯』という記事に、僕は膝を打つ思いであった。




芋を米に炊込んで、それぞれの甘みや旨味は堪能できるのだろうが、芋の味わいと米の香ばしさをつなぐ「味のブリッジ」の選択に迷っていたのだ。米と芋だけではもさもさ、ぼそぼそした単調な食感は否めない。できればジューシーでやや脂身系の食材を絡めることによって、味わいも食感も相乗的に高めてやる必要がある。小海老か? とも考えたが、どうも違う。悪くないのだが脂のコクが期待できない上、味覚のレンジが広くなり過ぎてまとまりに欠けるように思える。このように悩んでいたら、幸運にもバックパッカー氏から「鶏肉」という解を頂いたのだ。





僕の場合、味付けは、塩のみとした。素材の持ち味をどこまで引き出せるだろうか。

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材料は、安曇野コシヒカリの無洗米一合。小振り100gほどのサツマイモ、品種はベニマサリであろう。鶏肉は国産の一般モモ肉を160g、地鶏ではない。塩は粗塩ではなく、いわゆる食塩。

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サツマイモは大きめの賽ころ大にカットして流水に放つ。灰汁を流すのだ。

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鶏肉もごく小さめにカットして塩で揉む。そのまま焼鳥にするには塩っぱいだろう、というぐらいを揉む。これが溶け出した脂と合わさって飯粒を、芋をつつみ彩るのだ。

無洗米は、具を考慮して多めの300ccの水に一時間浸す。ポットはDUGのPOTIIを使用。

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これらをポットに投じ、トランギアのアルコールストーブに点火、載せる。沸騰を確認したらスプーンで軽く底から混ぜ、蓋に重しを乗せて12分、弱火を保つ。


12分を過ぎたがまだじゅうじゅう吹きこぼしている。水が多かったようだ。火から降ろさず、さらに2分ほど観察すると、水分が飛んでじぃという音がナベ底から響く。同時に限りなく好ましい香ばしさが、僕の鼻孔を襲う。あぁ... タケータ!





15分、放置する。中を覗きたいが、しんぼうを重ねる。

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開ける。混ぜる。盛る。

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いただく。





美味い。

これは、初夏ならば雨の宵、鰹やらネマガリタケやら川魚やら、そういった季節の素材で酒を愉しんだあとを、しみじみと締めるにふさわしい炊込みである。そもそも稜線での食事なら、生米を炊くまでもあるまい。生米を使うことの多い沢の旅でも、担ぎ上げた芋ではなく沢筋の素材だろう。だから本稿は、山のめしではなく家の飯としてとらまえる。下界のキャンプでも、こういう炊込みご飯がよろこばれることは、まちがいない。



しかし...。芋という素材も、奥が深いものだ。
次回は安曇野産コシヒカリの玄米、芋はベニコマチまたはアヤコマチが手に入れば理想である。さらに信州軍鶏のせせり肉でこれをこしらえたら...。あぁ... また、ごくりと喉が鳴るではないか。
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by yabukogi | 2011-05-24 09:34 | 喰い物のこと
2011年 05月 11日

独活(うど)をきんぴらで。

春爛漫の宵。


笊にあけた独活(うど)の穂先、そして皮を眺めると、ぴしゃと舌なめずりを隠せない。
これをどのように仕立てて、今宵の酒を愉しもうか、ひと思案が始まるのだ。

天ぷらも、いい。
さくりと歯ごたえをたのしみながら、
くちいっぱいに広がる春の香りを堪能できるだろう。


いっそ、味噌でくるんで炙り焼きにしては、どうだ。
ほろ苦さが香ばしさをまとって、それこそ

「得もいわれぬ...」

味わいになることだろう。



掌の湯呑みの重みが消えて、最初の一杯を飲み干したことに気付く。
なみなみと注いだ安曇野明科の銘酒「広田泉」が、
いまは僕の胃の腑のあたりで鎮まっている。
たまらなく、美味いひと口だった。染み渡るような、味わいであった...。




きんぴらにしよう。
独活のこしらえが、この瞬間に決まる。


独活の穂先と皮。
前の日に伯父の畑を手伝った折り、ひとかかえも持たされた土産。
前夜は茎の太いのを選んでくるりと皮を剥き、
まっ白なその軸をわずかに流水にさらし、薄くそぎ切りにして酢みそで味わっている。

その際に残った皮と穂先が、いま、目の前にあるのだ。

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皮はややあくが強い。
千六本、昨今はこのような呼び方をしなくなったけれども、
燐火の軸よりやや幅広めに包丁を入れる。
刻んで流水に、しばらくさらす。
流し過ぎると香りまでが消え去って味気ない。
この加減が、難しい。
穂先はあくが少ないので、割るようにして太めに揃える。
こちらは水に、さらさない。



鉄鍋に胡麻油を敷く。
温まったところで、独活を放り込む。
火力は強いままがいい。

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油が回り、火が通る。ひとつまみを口に放り込む。
前夜、酢みそで味わった白い軸では及びもつかない、
野趣溢れる春の山の味わいが一瞬に弾け、理性が押しつぶされそうになる。


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たかのつめを投じる。


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砂糖を加える。
我が家には白い砂糖はなく、唐黍の色を残したものを使う。




火加減は強いまま、醤油で味を整える。香りに、目眩を覚える。

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小鉢に盛ったところで、湯呑みを携え、台所の隅に向う。
冷やした「広田泉」をふたたび取り出し、とくとくと音を立てて注ぐ。




窓の外は雨。
降りけむるように、続いている。
山の雪解けが、いよいよはじまるのだ。
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by yabukogi | 2011-05-11 13:42 | 喰い物のこと
2011年 04月 23日

100円アンチョビ(税抜)


気圧配置を眺めれば、2011年4月23日は南寄りの風が強く吹き込み、降りてきた寒気団と接触して強い雨雲が発達、北の稜線の天気は荒れたものになるだろう。


しかし、なかなか山に行けない主夫にとって、この日は堂々と家を空けることができる状況下にあり、ゲリラ出撃ではないハイキングが叶うのである。ちなみにゲリラの場合は、朝起きたら父ちゃんは家から逃げ出していた、というもので、万が一山中にツキノワグマの爪パンチを喰らって斃れても、だれも探してくれないし、そっと埋葬してくれることもない。文字通り自然に還るという憧れの最期を迎えることができる。



この日はパッキングも済ませてあった。真夜中に起きて、とにかく意を決して山靴を履く。悪天候上等! と真っ暗な勝手口から外に忍び出ると、雨はやんでいるではないか。これはもしかしたら雨間を縫って上の方まで行けるやも知れん... そんな願いをキックに込めてカブのエンジンに息を吹き込む。


燕へ。
まだまだまっ白な尾根を歩いて、槍に会いに。

スロットルも軽やかに真っ暗な安曇野を北西へと走る。幸い、山からガスが降りてきているようだが雨粒は落ちて来ない。しかし中房渓谷の出口である有明の高原地帯にさしかかる頃、霧に顔が濡れはじめる。雲低高度が低い。雲の中に入ったのだ。加えて前後左右から巻き上げるような突風が僕とリトルカブを嬲りはじめる。南の風が山峡に渦巻き、中房の渓谷は風が吹き荒れていた。


宮城のゲート近くで午前3時半、この風の中をハイクすることもあるまいと、僕はカブをUターン。いま走ってきたばかりの安曇野に降りる。しばらく田園地帯をトコトコと走り、松本郊外の自宅に戻った頃、雲に覆われた美ヶ原・鉢伏山方面の空が鈍く明るんでいた。




ちくしょう。半年ぶりに山の神さまに会えると楽しみにしていたのに。
せっかくのお山遊びの機会を失ってしまった... 唇を噛んで寒々とした茶の間に座りカレンダーを眺める。すると、ある日付けがスポット光に照らされたかのように浮かび上がる。4月29日... なんと、この日は大丈夫だ。家を抜けられる。
(これは家人たちの予定で決まってくることなのだが)




ぐっふっふっふ。常念
来週末に一ノ沢林道のゲートが開く。
一ノ沢の左俣の、あの険しい雪渓を登れる期間は僅かなのだ。


そんなこんなで、元気出して生きよう。

  ◇◆◇

100円均一の【キャン・ドゥ】がお気に入りで、大手Dにはない品揃えがときどき発見と感動を与えてくれる。この日は、アンチョビだ。

数日前に松本駅前・エスパ6階のキャン・ドゥで、アンチョビとペッパーソースを見つけた。試してみよう。


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薄いスチール缶に、期待値が高まる。どんな味わいだろう。


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ペッパーソースは2種類あった。


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エキストラバージンのオイルに、いつものようにニンニクと赤唐辛子が入る。そこへアンチョビを投入、弱火で香りを引き出す。


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トマトは市販品、湯剥きしておいた。


ゆでたスパゲッティ、アルデンテを見計らってフライパンに。このとき茹で汁も少し貰う。水分がオイルと混じり合い、乳化するのだ。この加減が難しく、どこまで強力なガス台を所有しているかで、パスタの味わいは変わる。僕のガス台は、へぼだ。


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できあがり。いただきます。

...うめえじゃねぇか。




※スパゲッティの調理は昨日のこと、お山に行けなかったやけくそでこしらえたものではありません。
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by yabukogi | 2011-04-23 10:38 | 喰い物のこと
2011年 03月 07日

あいしてるイイダヤ軒

これも寒かった朝のことだ。雪が積もって、僕はMerrell のスーパーライトというマウンテンブーツを履いて出かけたぐらいだから。自宅から駅までてくてく、雪を蹴りながら小一時間。お、少し早く着いた。そうだ、立ち食い蕎麦を楽しむことにしよう。わかってくれるだろう? 雪の朝、3キロも歩いてきて時間が余る。朝飯は、まだだ。そんなとき目の前に立ち食い蕎麦の暖簾が揺れてたら、ためらう理由なんか無いじゃないか。

すぐ近所には、松屋もある。マクドもある。だけどこの朝の気分は、立ち食い蕎麦だったんだ。




これもためらうことなく、僕は天ぷら蕎麦を頼んだ。
元気なおばちゃんが、手際よくちゃちゃって、蕎麦をこしらえてくれた。
ここは前払いだ。
500円玉をカウンターに置いておくんだ。


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あぁ... できたよ。レンズが曇るほど、きっと美味いのだ。


熱いよ。美味いよ。切ないぐらいだよ。

え? 麺だけお替わりできるんだって。すごいよ。豚骨ラーメンみたいだ。

> 蕎麦なのに替え玉?
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by yabukogi | 2011-03-07 12:44 | 喰い物のこと
2011年 03月 06日

さよならマクドナルド...

少し前のことだ。僕はハンバーガーに、別れを告げた。


あれはまだ寒かった日々。僕はいつものようにマクドナルドのドアを開け、カウンターでいつものようにバーガー2個とポテトとコークを頼み、席について文庫本を読みながら、まずテリヤキチキンにかぶりついた。開いたのはたしか、塩野七生さんの『コンスタンティノープルの陥落』。左手で文庫を開いたまま保持して、右手でテリヤキの中のレタスに絡んだソースとマヨネーズが垂れないように細心の注意を払いながら、地中海世界における中世と言う時代の、ひとつの区切りが訪れる瞬間を追っていた。


テリヤキを堪能すると、ポテトに移る。2本ずつを口に放り込みながら、また活字を追う。間にコークを飲む。僕はこの瞬間のために、コーヒーではなくてコークを選ぶんだ。ポテトでかなり満たされ、さて、とマックポークの包みを取る。ひとくち、ふたくち、いつものように「まじうめぇっ」とか呟きながら、当時のイスラム世界が孕んでいた征服欲の強さに驚嘆する。やがて、新潮文庫版では237ページで、東ローマ帝国は滅びる。あぁ... と呻き、少しの時間の放心を経て、僕はマックポークの残り半分に立ち向かう。


しかし、進まない。
ポテトも半分残っている。
なのに食欲のカルナバルは終わりを告げていた。
もう僕の胃袋にはキャパが無かったのだ。




そうか。カルナバルは終わったのだ。

カルナバル。それはこの店のドアを開けた時に始まったんじゃない。少年時代に住んでいた田舎町の、あのハンバーガーショップ。小遣いを握りしめ出かけ、僕はバーガーにかぶりつく。あまりの美味さに涙をこらえて、しかし泣いたら負けばい、泣かんばい、おいは泣かん... 、そんな思いを交錯させて味わった12歳の春。やがてカネを貯めて中型の免許を取って、まだ空冷だったRZ-250の中古を買う。セパハンにバックステップ、ぱんぱんとチャンバーを鳴らして走って行ったのは郊外のモス。そこで口にした本物の「テリヤキ」はたましいを裏返すほど美味くて、僕は食べ終わってから2個を追加オーダー。帰ろうとヘルメットを被ったら、行く手の西の方向にでっかい夕陽が燃えていたあの国道。そう、バーガーにかぶりつくという行いは、僕がすごした九州の、少年時代の甘美な思い出に直結しているのだ。


2011年2月。
僕はバーガーを、こころから楽しめなくなっていた。大人になり過ぎたのだ。もう、少年時代からそうしてきたように、ハンバーガーにかぶりつく、そういう年齢じゃないことを悟ったのだ。何かを追いかける日々はとっくに過ぎ去って、何かに追いかけられる日々を生きているのだ。



ある雪の朝。
僕は朝飯を作っていた。


さよならマクドナルド。さよなら僕の少年時代。さよなら僕のカルナバル。僕はいつの間にか大人になりすぎて、大人らしい静かな朝飯を整える。さようなら青春。さようなら遠い日々。

いまはこんな朝飯がうれしい。

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by yabukogi | 2011-03-06 21:19 | 喰い物のこと
2011年 03月 01日

その男、備蓄中。

.......追記:2011/03/14...............
震災前に書いたためとはいえ、
被災者への配慮に欠けるとの誹りは免れ得ない。
かの地の苦痛を思えば、ただ、つらい。
...................................................


山道具を放り込んであるラックの2段目は、山で喰う食糧を詰め込んである。
ここが大変なことになってきた。
溢れてきたのだ。

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僕は家事を担当していて、ほぼ毎日のように、独り買い物に行く。
マイバッグを持ってショッピングセンターの中でカートをころころ流し、
長ネギを刺したバッグをカブの荷台に積み込んで、
松本の市街地を走っているのだ。

哀しい主夫ではある。

買い物中に、麺類、FD食品、カーボン行動食などを中心に、チェックを入れる。
信州の地方都市のこと、新製品が必ず顔を揃える訳じゃないけれど、
目新しいモノもあるからだ。


 お。マルタイの棒ラーメン、新パッケージみっけ。食べてみよう。


こんな感じで、少しずつ買い足してはテイスティングし、
調理に必要だった手順や燃料の量、調理時間、
そして味わいや満足感、さらに出るゴミの量や腹持ちまで確かめてみる。
あらゆる点で満足なものは、
レギュラーの山岳食糧として僕のお気に入りになる。


振り返れば昨年後半は、よく出歩けた。
つまり日帰りとはいえ何度か山に行けたのだが、今年はどうもまずい。
溜まるストレス、減らない内臓脂肪が如実に語っているように、
ぜんぜん出かける余裕がないのだ。

上に書いたような食糧の買い足しは
昨年後半と同じようなペースで行われている。
だから、僕がこっそり太るように、在庫が増える。
消費しないから備蓄分がどんどん増えて行くのだ。


何食分あるか、数えてみた。
炭水化物をベースに、
マルタイの棒ラーメンひと袋を「2食分」という風にではあるけれど。


34食だった。


何ということか。
僕は自由と時間と金、そして愛情には不足しているけれど、
山に行く食糧に関しては、1ヶ月分もあるじゃないか。


ここまでタイピングしていて、とても哀しい気持ちになってきた。
あまりにも寒々しく、あるいは惨めというべきか。



こんなことをここに書いて良いのだろうか? 
躊躇逡巡は隠せない。
しかし例えば山に行って楽しかった、
あるいは山道具をについて考えてみた、
と言うのと同じ個人的な体験なのだ。

ここは所詮、そんな体験を書き捨てておくような場所でしかないのだから、
これでいいのだろう。




ところで、だれか、山に連れてってくれないか。
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by yabukogi | 2011-03-01 16:32 | 喰い物のこと
2011年 02月 09日

白きたおやかな豚骨

そこには、軽い気持ちで立ち寄ってはいけなかったのだ。



2011年の、まだ早春というには早すぎる2月8日、たしか火曜日だったように覚えている。僕はちょっとした所用を午前中に済ませ、松本駅前の路地にたたずんでいた。ランチには少し早い。実は、この通りには豚骨屋がある。こう書くと違和感があって、実際にはその時、僕は豚骨やの真っ正面に居たのだ。


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何度も入ったことがあるし、おまけにここのラーメンは大好きなんだ。いや。これは少し正確じゃない。僕はここのラーメンしか、食べない。もっとも、いつもは浅間温泉に近い本店の方に行くのだけれど。とにかくランチには少し早い時刻、松本駅前の繁華街の豚骨屋の前に、僕は立ち尽くしていたんだ。



僕にとって、ランチというイベントは果てしなく重要であって、軽々に決めたり変えたりできることじゃない。いわば、山に行く、というおこないと似ている。山にでも行こうか... って山に入るひとは居ないだろう? そんな風に、前の日の晩飯、直前の朝飯、さらに今夜の晩飯の予定、こうした流れの中にきちんとポジショニングされなくちゃいけないんだ。だって、奥多摩に出かけた帰りに白馬の温泉に浸かって、っていう風には、東京のハイカーは考えない。ランチも同じで、ちゃんと前後のメニュー構成と密接に関わってくる。こんなことを書いてるけど、実際には、ある。今夜はカレーよ、って言われてたのに社員食堂でカレー食べちゃったり。



まわりくどくなって、済まないと思う。つまりはこうだ。僕は、僕にとってランチがとても大切なことで、計画的に何を何処でどう食べるか、納得のいくランチにしたい、と常々考えていることを伝えたかっただけなんだ。



じつはこの朝、家で豚骨ラーメンをつくって味わっていたんだ。

>> とんこつ、豚骨...
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by yabukogi | 2011-02-09 11:09 | 喰い物のこと
2011年 02月 04日

とんこつ狂想曲




ふだんの豚骨。

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ネギをメインに、わかめ、キムチ、高菜漬けを投入。
いつも書くけどネギは絶対に青ネギでなくちゃいけない。




にゃんこ先生が、ある日、お土産をくれた。
うれしい、叫びたくなるようなお土産だった。
だから考えられる限りのトッピングを、考えられるだけ。

>そこまですることないだろう...
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by yabukogi | 2011-02-04 16:02 | 喰い物のこと
2011年 01月 23日

悶絶のオイスター

むっちりとした、灰白色の身。
でかい。
ひとつぶが鶏卵大。
ぬらっと、半マットな質感。
てのひらに、冬の広島湾の冷たさが伝わってくる。
ある日、牡蛎が届いたのだ。



ざるに開ける。
水を切ろうと思ったが、さほど落ちない。
するとあの重量、ほとんどが、身か。
持つべきは、友である。
送り主にありがとうと、つぶやく。



フライパンには、エクストラバージンのオイル。
八ヶ岳山麓の六片種にんにく。
そこに投じられた牡蛎の身からは、やがて汁が溢れ出す。
目の前に猛烈なまでの芳香が、立ち昇る。
目眩がするほどの旨味感。
胃袋がよじれるような感覚。



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>> クリックはご遠慮くだされ
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by yabukogi | 2011-01-23 13:42 | 喰い物のこと
2011年 01月 10日

その男、発酵中。

その男、味噌を好むこと尋常ではない。自身が発酵しているからだろう。


味噌。その男は、しばしば肉を味噌に漬け込んで焼く。どうも習性のようだ。ことに、青唐辛子を刻んで練り込んだ「こしょう味噌」という、信州ならではの変わり味噌も好む。しかし貴重な青唐辛子味噌が減るのが惜しくて、普通の田舎味噌も使う。


味噌に漬け込まれた肉塊には、麹菌なのか乳酸菌なのか、微生物が筋繊維の奥まで侵入し、半端じゃない旨味を伴う。加えて常温下でも腐敗しにくく、30時間程度であれば保存性も良好なようである。実際、春の鳳凰に味噌塗りサーロインステーキ肉を担いで行ったおり、この日の甲府盆地の気温が26度とかなり高かったにもかかわらず、南御室のテン場で焼かれた肉はこのうえなく美味であった。嗚呼味噌万歳。



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信州豚の肩ロース肉が、味噌に漬けられている。この味噌はその辺に売っている田舎味噌で、擦りおろしたにんにくと黒砂糖を混ぜ込んである。

保存性がいかに良好であろうと、生肉をふだんの山に担いで行くこともあるまい。要するに口実なのだ。美味いものを食したいだけなのだ。

>>いうなれば悪魔の味噌焼きだ
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by yabukogi | 2011-01-10 10:40 | 喰い物のこと