ANA国内線【PR】
カテゴリ:喰い物のこと
  • 草餅男、慟哭の日曜日
    [ 2012-05-06 09:04 ]
  • 牛筋男、悶絶の休日
    [ 2012-05-04 08:39 ]
  • もつ炊き男
    [ 2012-04-28 14:35 ]
  • 酢を喰らえ。酸を吐け。
    [ 2012-04-14 22:34 ]
  • いまでも愛してる、イイダヤ軒
    [ 2012-03-21 20:13 ]
  • うどんに降りしは御鶏様なのだ
    [ 2012-01-02 15:37 ]
  • キムチふたたび
    [ 2011-12-29 17:44 ]
  • 魂こがして、2011。
    [ 2011-12-28 16:10 ]
  • 饂飩の道は、修羅の道
    [ 2011-12-22 09:17 ]
  • モツ煮マイライフ
    [ 2011-12-06 16:25 ]

2012年 05月 06日
草餅男、慟哭の日曜日

山での行動食について、ささやかな考察と実践を試みた。


行動中に口に放り込むものを、甘納豆と炒り豆と定め、長く愛用していたのだが、これだとボトルを取り出してぐびぐび流し込んでやる必要もあり、もっと滑らかなものを求めていた。そんなおり雪の上で【草餅】を味わう機会があり、なんじゃこれは、凍ってもおらぬしドリンクも不要、おまけに腹持ちよろしい、歩きながらもぐもぐできて残ったパッケージは嵩張らない。まさしくザ・キング・オブ行動食と位置づけたのだった。






考察はさておき、実践である。


ヨモギの若い芽をたっぷり摘んでくる。土手や田畑の角っこなど、わんこの放尿ポイントには注意したい。



洗って洗って洗いまくって、ゴミや枯れ葉を取り除く。根っこや軸も取り去る。これを沸騰した湯に放り込み、60秒茹でる。



茹でたあとは流水にさらして、残ったゴミを取る。手のひらに取ってしぼるしぼる、絞り上げる。



牛刀で叩いて繊維を断ち切り、当たり鉢にあける。ごりごりごりごり。


粉の準備だ。


米の粉ともち粉を4対1で混ぜる。こうすると、時間が経過しても固くならない。そこに熱湯を少しずつ注ぎ、混ぜる。よく言う「耳たぶの固さ」だって。



こねた生地(まだ生である)を鶏卵大に丸め、薄くのばす。1センチ厚ぐらいか。



こいつらを蒸し器に入れて、15分ぐらい、蒸し上げる。あまり重ならないよう、十分に熱が回るように。この時は蒸し器が塞がっていたので、ナベにざるを置いた。



ガラスのボウルかどんぶりへ。よくつぶしたヨモギを加えて、へらなどで混ぜる。好みで砂糖と少量の塩を加えても良い。



あら熱が取れたら...



丸めて平たくして、小豆というかあんこを包む。今回、大豆(そい8歳)が小豆を担当、小豆(あん6歳)がきな粉(大豆)を担当。何がなんだか、わからん。



翌朝になっても柔らかく、美味しく頂けました。




え? 連休のお山? 

もし僕が雪焼けしてるようなら、あるいは庭にテントを干しているようなら、涙を流しながら草餅を作ったりは、いたしません。








by yabukogi | 2012-05-06 09:04 | 喰い物のこと | Trackback | Comments(13)
2012年 05月 04日
牛筋男、悶絶の休日
世の中が連休に沸き立っている。
しかしその男の手帳に、連休の二文字は無い。
小間切れの休みだけが、いくつか通り過ぎてゆく。



牛すじ肉を買ってきた。
もちろん国産・信州牛である。
炊くのだ。



たっぷりの湯を沸かす。ぐらぐらと。
そこへ牛すじ肉を、ぼんっと放り込む。
下茹でである。
こうして灰汁と血の臭みを抜く。


再沸騰したら、それでいい。
流水でさらし、素材を洗う。




ひと口に切る。
繊維を断ち切るように、それでいてこりこりした食感も少しは残したい。


最初は強火で炊く。
ふたはしない。
すじ肉の中に残された灰汁を、出し切る。

灰汁が出なくなるまで、小一時間。
付きっきりで灰汁を取り、湯を足す。



灰汁が出なくなってから、砂糖と酒を加える。
酒は料理酒ではなくて、日本酒。
嫁とばあ様には喰わせる気がない、だから日本酒。


このあと、火を止めて、冷ましてから味噌を溶く。
できることならその後、数時間を放置する。

どこまで真実は知らぬが、味噌に潜む菌が
肉の繊維の奥まで入り込む。
そこでいくつかの作用をやらかす。
その時に蛋白質の組成が分解されて、すじ肉が柔らかくなる。

そして、濃厚なこくと旨味を、まとう。



ふたを開けると、白く脂が浮かんでいる。
冷ましたために固まったのだ。
この塊をいくつか捨てて、醤油、追加の味噌、砂糖などを。

ここはお好みで、甘くしっかり照りのある味わいにするか、
辛めでべたつかない男の肴に仕上げるか... で変わるだろう。
大切なことは、醤油なり味噌なり、
塩分のきつい調味料を一度に加えぬことだ。
せっかく柔らかくなりかかったすじ肉が、固くなってしまう。

生姜を入れる、
いや、盛りつけ後に行者大蒜(ギョウジャニンニク)のおひたしを添える、
あるいは牛蒡やこんにゃくを一緒に炊く、など、それぞれである。
僕は素直に牛筋の味わいを求めた。
このとき、オイスターソースの隠し味を、欠かせない。



牛蒡と炊いても良かったなあ...そうひとりごちたが
庭に張ったエスパースの中、
あぐらをかいて酒を酌み、肴にしよう。
(注釈:4月末からエスパースを張って、寝ている。
 布団を与えられていないので普段からリッジレストにシュラフなのだ、
 寝床が板の間から芝生に変わっただけなんだ)




しかし、あるじが出てきて、しゃあぁ!と言う。
俺の縄張りだ、出て行け、ということか。


その男、居場所が無い。





by yabukogi | 2012-05-04 08:39 | 喰い物のこと | Trackback | Comments(6)
2012年 04月 28日
もつ炊き男


その男、もつを炊く。



思い出したように鶏レバーを買い求め、水にさらして血と臭みを抜き、静かにことこと炊いて好みに味付け、酒を酌む。こころ穏やかなること、うららかな春風が穂高の奥又白の、池の水面を撫でるがごとくである。



レバーは、1時間ほど流水にさらす。水道水が冷たい信州松本だからこそ、できることかもしれない。
つぎに60秒だけ茹でる。茹でて流水にまたさらし、あら熱を取り去って三つに切る。中はレアである。そこに血の塊を見つけたら、丁寧にほじくり除く。ハツは脂を捨て断ち割って血の塊をよく洗い流す。これで臭みは、どこにも無い。



煮切った醤油と酒、みりんの鍋に、下ごしらえの済んだもつを投じる。
ことこと、またこころ静かに十分間だけ、炊く。



隣のガス台ではフライパンにたっぷりのごま油を流し、ニンニクを煎る。
焼き色がついて火が通ったら、もつの鍋に混ぜてしまおう。ここで胃袋が、ぎゅううと鳴る。そのときは冷や酒をなみなみと汲む。



余談だが、家では珈琲でも茶でもウイスキーでも、いつも同じチタンのマグで呑む。すすぐぐらいで洗うことも無い。だが、日本酒をチタンのマグに注いで唇を当てると、なぜか酒が酸っぱく感じられる。なぜかは知らない。知らないがいつも感じることなので、日本酒だけは大振りの蕎麦猪口に汲む。



冷や酒をきゅううと呷る間、ガスの火を強めておく。鍋が吹き上がるぐらいに。この一煮立ちだけで鍋をおろす。あとは1時間ほど、味が染みるのを待つ。炊き過ぎると、もつは堅くなって味わいに欠ける。いやらしいまでに照りを出して煮詰めることもあるけれど、今日はさっと炊いた。



味が染みる間、手持ち無沙汰と言うか、口寂しい。僕は何年も前に大好きだった煙草を止めてしまったので、また口ずさむ歌も知らないので、余計に寂しい。だから冷やで、もう二、三杯。



















by yabukogi | 2012-04-28 14:35 | 喰い物のこと | Trackback | Comments(4)
2012年 04月 14日
酢を喰らえ。酸を吐け。
その男、酸性である。

そもそもアルカリ性の男、というのは、いかがなものか。
男は黙って酢を喰らい、酸を吐くのだ。
だから鰯(いわし)は南蛮漬け。
つまりは、マリネだ。


南蛮漬けの由来は、知らぬ。
なんでも大航海時代の南蛮船とやらに乗ってくるスペイン、ポルトガル人が伝えたという揚げ料理、あるいはビネガーとスパイスを効かせた調理のことだそうだが。
蕎麦屋で鴨南蛮というものもあるが、これはネギという香草をあしらった名残か。


とにかく、魚屋に背黒鰯(あるいはカタクチイワシ)のいいのが売られていた。
信州では珍しいことかもしれない。
とにかく数パック買い込んで、梅で煮付けたりあれこれ愉しもうと帰宅する。

 はっ!
 南蛮漬け。


そうだ、粉をまぶして揚げ、甘酢のタレにマリネして骨まで喰らってやろうではないか。
梅干しと醤油で煮付ける計画は反古にして、揚げることにした。じゅわー、からから。


からりと揚がったところで、塩を振って味見する。



 うぉお。美味である。


このままでは全量を塩味で平らげてしまいそうなので、あわてて酢にくぐらせる。
酢と言っても、酢の半分は酒と味醂と合わせて煮切ったうえで月桂樹の葉と揚げニンニクを投じ、香り付けしてある。
出汁も加え、隠し味にコンソメを少量溶かしておく。
半分の酢は薄く砂糖を混ぜて、香りの汁と合わせる。
ここへ、揚げたてのジュウジュウ言うやつをくぐらせるのだ。
くぐらせて、漬け込むのだ。


もちろん、千切りにした人参と玉葱も。



本来ならばひと晩を休ませてやりたいが、腹が鳴ってしまってしょうがない。
二尾ばかり盛ってまた、味見する。


酢の効き加減が浅いが美味い。
フレッシュな感じが、たまらん。
明日が楽しみである。




翌朝の食卓に、いただく。
あぁ、しあわせである。

これでしばらくは、強い酸を吐くことができるだろう。






by yabukogi | 2012-04-14 22:34 | 喰い物のこと | Trackback | Comments(12)
2012年 03月 21日
いまでも愛してる、イイダヤ軒


信州松本の城下町に、何日か雪が降り積もった日々のこと。
僕はまた、『イイダヤ軒』のカウンターに座っていた。


去年、松本駅前にある蕎麦屋の『イイダヤ軒』のことを取り上げ、僕は愛している、と書いた。その理由は、蕎麦なのに豚骨ラーメンの「替え玉」みたいに、麺のお替わりができることに少なからぬ感動と喜びを覚えたからだ。くわえて、麺のお替わりをした僕のどんぶりに、出汁(つゆ)をレードルにそっと一杯、注いでくれたおばちゃんのやさしさに、たましいが震えたからだ。



とおい昔。僕は大学生で、親からの仕送りがなかったからバイトの掛け持ちをしていた。それでも入ってくるバイト代は、酒と本と山道具と、そして山に向う中央線きっぷ代のために消えていった。だからいつも、腹ぺこだったのだ。そんな日々、講義をさぼってバイトに向う途中の朝飯は、いつも駅の立ち食いそばだった。そして、麺のすべてをすすりこんでしまう瞬間が残念でならず、つゆを飲み干しても満たされないおのれの胃袋の虚ろさが、ただ呪わしかったのだ。つまり、いつも腹ぺこでもっともっと食べたかったわけだ。



いまとなっても蕎麦だけは、いや正確には豚骨ラーメンと蕎麦だけは、麺をダブルかトリプルで楽しみたい。そんな僕の願いがジャストにしてパーフェクトに叶えられる駅前蕎麦が、この『イイダヤ軒』だったという訳だ。



前置きが長くなってしまっているけれど、去年の僕は、天ぷら蕎麦を頼んだ。そして「天ぷら蕎麦を頼むんじゃなくて『かき揚げ蕎麦』になさるといい。きっとびっくりするから」とも書いた。なのに、かき揚げ蕎麦のその後という話を一向にお伝えしていないことが、心苦しい。こうした背景が、本稿のかき揚げ蕎麦のことにつながってくる。








雪が降りしきる中を、僕は松本駅前に立っていた。

そして東京に帰る客人を無事に見送った安堵感からか、腹がぐぅと鳴った。目の前にはさっきから何度も書いている『イイダヤ軒』がある。この時の僕に、他の選択肢があろうか。



 がらっ。

 かき揚げ蕎麦を。
 (と言ってお代を置く)

 はい、おまちどうさん。
 (とどんぶりが置かれる)


 うふわっ。
 でけえずら、まぁず。







ねぎも。






さすがに麺のお替わりは、必要なかった。

いまでも愛してる。イイダヤ軒。










by yabukogi | 2012-03-21 20:13 | 喰い物のこと | Trackback | Comments(4)
2012年 01月 02日
うどんに降りしは御鶏様なのだ
うどんを、極めた。


屋外において、ミニトランギアの鍋とトランギアのアルコールストーブでうどんを調理し、食す。このシンプルにして奥の深いテーマに取り組み、ついに極めたのだ。


伏線は、大晦日にあった。

キッチンで、僕は御鶏様を焼いていた。御鶏様というのは、放置民のひとたちの食鳥の儀式で供えられる神聖な食べ物で、ご神体と言っても差し支えないものなのだ。この御鶏様についてはバドさんの記事に詳しい。また、ミニトランギアで御鶏様を焼くという手順などはワンダさんの記事に譲る。


とにかく、大晦日から僕は御鶏様を焼いていた。正しく書くと、焼き続けていた。


蕎麦を茹で上げる間のつまみぐらいの軽い気持ちで焼きはじめた事が、天罰を呼んだのであろう。最初の御鶏様は長男坊の胃袋に収まった。肉などなかなか食べない大豆男が、欲しいと言ってかっさらっていったのだ。続けて、家人や婆さまに持って行かれ、なかなか僕の口に回って来ない。何度もミニトランギアのフライパンで焼く羽目になり、信仰とか修行というものの厳しさを実感したり。とにかく、明けて元日にまで御鶏様をお供えする。



ミニトラのパンではラチがあかない、と普通のフライパンでも。(この時は皮の焼きが足りていない)





二日の早朝。僕は裏山のてっぺんのお地蔵さんの脇に座り込んで、トランギアのアルコールストーブに火を灯し、寒さに震えながらうどんを作っていた。かつおベースの出汁に飽きはじめていたので、あご(トビウオの干物)出汁プラス昆布出汁、そして決め手は中華で使う粉末の「丸鶏がらスープ」。これらを薄めに仕立てる。ここへ解凍してある加ト吉の讃岐うどんが入り、トッピングが乗る。


肝心なのは、トッピングの最も重要なアイテムが御鶏様だったということだ。




寒風に冷えきってしまっているが、あくまでも香ばしく、皮はぱりぱり。味付けは塩こしょうのみ。これをうどんつゆに浸し、噛む。溢れる肉汁がうどんつゆの加減と奏で合い響き合う。僕は、絶句する。

こ、これは...。
もはやうどんにしてうどんにあらず。
人の世の、地上の食べ物ではない。
天人天女たちが新年をことほぐ饗宴に供せられた聖麺。

こう書けば控えめであろうか。



幻眩にも似た感動に打ち震えながら、僕はミニトラの鍋を干した。小雪が舞う。鉢伏山方面のまだら雲が輝き、旭日があらわれる。薄暗かった山頂に、神々しい朝の光が届く。

何もかもが神話の世界で行われた秘事であったようにも感じられ、僕は物音を立てぬよう鍋を拭いパンを清め、装備を背に、無言で家路に着いた。









by yabukogi | 2012-01-02 15:37 | 喰い物のこと | Trackback | Comments(4)
2011年 12月 29日
キムチふたたび
また漬けた。

今年はづく病みして(やる気が出なくて)漬ける気はなかったのだ。そこへ、従兄弟が尺径ぐらいのでかい白菜を、ありがたいことに軽トラに積んできやがった。ちくしょう。


昨年はフレッシュでぱりぱりした食感を狙ったら、やはり漬かった感に欠けた。近所のにゃんこ先生にも味わっていただき、そのおりには「次回はもうすこし上手に漬けてみるよ」という僕に、万感の想いを込めた静かなまなざしを送ってくれたものだ。


男の約束である。何としても、昨年以上に美味しく漬けるしかないのだ。まず白菜を四つ割りにし、塩水に一昼夜、漬ける。塩味を含ませ、しんなりさせる重要な下準備。今回も15%の塩水で漬ける。すると翌日には水がしみ出していた。これを流水で1時間塩抜き、さらに重しを乗せて絞りに絞った。こいつを小春日和の太陽と風に、晒す。


いいぞ。水気を絞って、タネ?とよく馴染むようにするのだ。


タネは、林檎擦りおろし大量、人参擦りおろし大量、冷蔵庫に残っていた使いかけの大根も擦りおろす。ニンニクは国産6片種を10玉、塩辛は美味しかった奴をふた袋、そこへ蜂蜜を500cc、まだまだ。ショウガをひと塊り、ニラを4束、大根と人参の千切り、隠し味に味噌、砂糖、オイスターソース、コチジャン、などなど、とにかくぶち込む。これを混ぜて赤唐辛子粉をカップに2杯ぐらい叩き込み、さらに混ぜる。


これがクリスマスイブの午後だ。近所に異臭を振りまきながら、なにやらぶくぶくと異様なまでの膨張をしながら、タネが出来上がってくる。さて本漬けだ。塗りたくり、挟み込み、ぎゅうぎゅうに漬け込んでやる。樽の中の格闘技なんだ。



息を止めては、いけない。こいつが数日で発酵し、いい味、良い香りをまとうのだから。




こうしてクリスマスを迎え、祈りの時間は過ぎ去り、祈りの深さだけ発酵を進めたキムチが、完成する。











うむ。やや塩っぱかった。
酒も飯も、進み過ぎるではないか!





※にゃんこ先生のお言葉などと称して、事実を歪曲しにゃんこ先生の高潔なご人格を損ねかねない誤った表現が使用されていたので、一部を書き改めました。どうもすみませんでした。





by yabukogi | 2011-12-29 17:44 | 喰い物のこと | Trackback | Comments(17)
2011年 12月 28日
魂こがして、2011。
やはり叱責を、受けてしまったのだ。


調子こいて華麗なるカレーうどんへの挑戦をここに書いたら、虎影流うどん術の師匠・にゃんこ先生から。

 ならぬ。うどんは和に限る。
 わしもかつては、うどんに欧州の味を試みた。
 これは、よこしまである。




つまり、かつてにゃんこ先生もフレンチでシチュー仕立て、あるいはイタリアンでトマトスープ仕立てのうどんに、挑戦なされた。しかしこれらは真のうどん道の道を外す、いわば「邪剣」であると看破なさったわけだ。太刀に妖気を宿し敵を惑わせば是即ち技なり、そう考え始めていた僕への、大喝である。


僕は破門となるところを、首の皮一枚でつながったのか...。
僕のうどん道はどこへ向うのだろう? 
師よ、お導きください。




師の言葉を待てず、僕は裏山へと向った。


うどんの道は、ひとの道。
仁ありて麺あり、麺ありて義あり。
麺在りて、人在り。


探求の道は、麺のように長く険しい。



ミニトランギアを、トランギアのアルコールストーブに載せる。麺は、そのへんのひと袋28円の普通麺ではない。加ト吉ブランドで知られるテーブルマーク株式会社の【さぬきうどん】、これに尽きる。冷凍ではあるが、腰が強く美味いのだ。これをひとつフリーザから持ち出し、解凍しておく。融けていた奴が、冬の信州の里山では、また凍る。トランギアの蒼い炎と、ミニトラのアルミの輝きが、熱くこれを再び融かし、煮上げる。魂、こがすように。



師よ。やはり、うどんに異国の味わいを加えてはならないのですか? 
1976年6月26日、かのモハメド・アリとアントニオ猪木は「格闘技世界一決定戦」の一環として、武道館に忘れ得ぬ死闘を繰り広げたではありませんか! 


丸美屋の【麻婆豆腐の素・中辛】よ、そのひと袋の半分よ、讃岐うどんにアリキックを見舞え! 3分間15ラウンドの始まりを告げるゴングよ、鳴り響くがいい。伝説の第一章、その最初の一文字を、刻むがいい!


一方で脳内に、ARB・KEITHのドラムが響く。そのイントロに続いて絞り出すような石橋凌のヴォイス。スポォット、ラァイトが... 



ぐつぐつと、煮え上がる。
魂こがして。こころ、燃やして。
麻婆が香る。
とろみパウダーは加えない。



茹で野菜、投入。ほうれん草、そしてニラ。
生卵、投入。
白ごま、投入。
青ネギ。乾燥ではなく、その場で刻んだ青ネギ、投入。

仕上げに、自作の辣油、投入。
魂こがして。こころ、燃やして。
魂こがして。こころ、燃やして。





師よ。
麻婆、シノワの味わいでは、わざ、成らず、とおっしゃいますでしょうか。
師よ、お導きを!








by yabukogi | 2011-12-28 16:10 | 喰い物のこと | Trackback | Comments(13)
2011年 12月 22日
饂飩の道は、修羅の道
一杯の饂飩(うどん)を食するために、僕は凍てつく美ヶ原の台地に来た。



温度計がないからアバウトだけど、マイナス10度近く。風は微風、風速数メートルか。風が強かったら、寒さはこんなものじゃ済まないのだろうけれど。


茶臼山山頂、2,006メートル。幸運にもベンチがある。ザックを降ろし、ここに店を広げる。



グローブを外せないので、着用のままのろのろとストーブに点火する。もちろん、トランギアのアルコールストーブ。鍋はミニトランギア。自作のアルミ風防は、高さと径について検証するために作り直したもの。食材と調味料がいろいろ写っている。このほかに茶を喫するためのヤカンやマグ、などなど。




ご指導いただいている僕の麺術(めんじゅつ)の先生から、課題を出されていたのだ。この先生が厳しいお方で、麺に限らず喰い物のことでは妥協なさらない。麺術とは、うどん、そば、ラーメンとの格闘技と言えば良いのだろうか、単に食するだけではなく調理して味わって、また道具を吟味して、という大変奥の深い武術なのである。この先生、麺術・虎影流(こかげりゅう)の開祖・にゃんこ先生とおっしゃる。


虎影流では、豚骨を修めた後に饂飩術をまなぶ。僕の豚骨術もまだ未熟ではあるのだけど、先日、上高地をぶらぶら歩いていた折りに、にゃんこ先生は言われたのだ。

 そろそろ、饂飩を。

そして僕にひと箱のミニトランギアを、饂飩に立ち向かう道具として、あたらしいミニトラの箱を、下されたのだ。この瞬間から、僕の新しい修行が始まる。

厳しい日々だった。その日から、僕は昼食を饂飩と定める。それも必ずミニトランギアで調理し、食す。ときには、昼食を二回、饂飩で食す。素饂飩、わかめ饂飩、狸饂飩、月見饂飩は、わざに工夫が盛り込めないので敢えて型を学ばず、水炊き饂飩、味噌煮込み饂飩をひたすらに磨く。カツオ系の出汁つゆを吟味したり、味噌仕立てに酒粕を忍ばせる等のことはもちろん、具材やトッピングにも工夫を凝らしてみた。虎影流では屋内での調理を認めないため、ほとんどは庭や公園にて行われた。ある日は、裏山の戸谷峰(1,629m)に出向いて水炊き式の真剣勝負に挑み、調理中に地元猟友会の銃声に追いまくられるという、ぎりぎりの死闘もあった。

(戸谷峰でのたたかいの記録)






(以上、記録)





この日。僕は食材と調味料、そしてもちろんトランギアのアルコールストーブとミニトラを携え、美ヶ原高原の一角、茶臼山に居た。もし僕が下界で、たとえば庭先とか公園とかで饂飩を調理し食せば、にゃんこ先生はこう言われるだろう。

 未熟者。去れ。

そう、虎影流の麺術では、山で、標高の高い屋外でなければならないのだ。にゃんこ先生ご自身、これまでに10月の餓鬼岳5月の槍(写真無し)などで試合をなさっておられる。その直々のお教えを頂いている以上、修行の成果を示すには山へ向わなくてはならない。本来であれば冬の赤岳とか西穂の独標ぐらいが求められるのだが、これには僕の技量が追いついていかない。やむなく近所の美ヶ原となった。

 にゃんこ先生。
 僕は、カレーに挑みます。

まさか、である。僕のような修行半ばの者がこの段階でカレー饂飩に挑戦するとは、にゃんこ先生も想定なさるまい。カレー饂飩との闘いを冬の2,000mで繰り広げるというのは、冬の穂高縦走どころじゃない。大町から馬場島へ抜ける、後立山から劔岳早月尾根への冬季黒部横断に等しい。いまだ開眼せざる僕のような者に果たせるか?




秘策があった。前夜、家のこどもたちのためのカレーを仕込んでいて、ふいに浮かんだのだ。僕はカレーづくりに二昼夜を費やす。香味野菜と鶏ガラを8時間ぐらい炊き上げ、そのスープでさらに野菜と鶏肉を煮るのだ。そして完成12時間前に市販のルーを投入し、いただきますとなる。このルー投入直前の、いわば「鶏肉のカレー煮」が完成していたのだ。僕はルー投入前にも肉にはカレー粉で下味をつけるため、充分に香る。そう、それは、さらりとして旨味をたっぷり溶かした極上のスープ。これをベースにしようではないか。まさしく、太刀は鞘の内にありながら、勝負、我にあり。



少量の湯を沸かし、ここに豚肉を投入する。脂身までが美味い大町の豚、そのバラ薄切りである。香味野菜と鶏のスープに、豚の旨味を添わせるのだ。この重層的な味のふくらみこそが、今回の闘いで僕を利してくれる。思い浮かべるのは、小次郎との闘いにおいて沖天の太陽を背負った武蔵である。



いよいよスープが、持参したスープが鍋にあけられる。じりじりと間合いが詰められ、豚肉に絡む。そして、ふつふつと沸き始める。続けて饂飩玉を加える。剣は、抜かれたのだ。時おり煽るような風が巻く。しかし、火力は安定している。見えぬ蒼い炎がめらぁりと立ち上がり、ミニトラのナベ底を舐めているのだ。正眼の構えから切っ先を上げ、太刀は天を貫くが如く。時は移り、鍋の中は熱せられていく。投じられた饂飩玉はスープに抱かれ、煮えてゆく。間合いはそのままに、機変じて時は満ち、天地の気すべてが剣先の一点に充ちる瞬間を迎える。


いまだ。すかさずカレールーが載せられる。SBのゴールデンカレー中辛、このワンピースである。さあ混ぜるべし、太刀風は唸り、鋼が鳴る。天地を返し具材を均等に熱する。気を察してか、するどく、鹿の声が響く。この瞬間にも、トランギアの蒼い炎はきっと燃え盛っている。バーニン。



ぐつぐつという音が、山頂に轟く。冬の風を跳ね返すが如く、沸騰音が美ヶ原の高原台地を渡っていく。仕上げに、青菜と揚げ玉が載せられる。勝負、あり。









しまった。ネギを忘れた。


ぼうおうと、北アを越えて来た風が、台地を揺さぶる。午後の風が出てきたのだ。

人影などあろうはずもない。この風景を前に、闘いを終えた僕はしずかに佇んでいた。










by yabukogi | 2011-12-22 09:17 | 喰い物のこと | Trackback | Comments(10)
2011年 12月 06日
モツ煮マイライフ
写真を整理していたら、ちょうど一年前にモツを煮ている様子の記録があった。2010年12月3日のことである。



きっと、安酒に熱めの燗をつけて飲みたかったのだろう。茹で白モツを買ってきて、念のために二度茹でこぼしてから牛蒡と一緒に味噌で炊込んでいる。生モツに手を出さなかったのは、その男のふるい記憶に刻み込まれた悪夢のような体験があったのに相違ない。きっと、下拵えでやる生モツの「洗い」が足りなくて、腸の中身が放つ猛臭極臭地獄臭に巻かれて、のたうち回ったのだろう。だから一年前のこの白モツは、茹でモツから調理されている。



茹でモツと言えども、腸壁の襞(ひだ)に残された内容物は臭みを放つものだ。あの悪夢が再現されることはあるまいが、念のために茹でこぼしておこう。たっぷりの湯でぐらぐらに煮立て、恐ろしいほどの灰汁を吹き上げながら茹で、ザルに空ける。これを流水にさらす。しかも二度繰り返す。



さらしたのち、しっかり水気を切る。布巾で絞り上げ、さらにペーパーで包んで。これをネギと生姜とともに、純米料理酒五合を使って炊く。ことこと、出来上がるまで二時間ぐらいは炊く。灰汁はぜんぶ掬う。出なくなるまで掬う。灰汁が出なくなると手持ち無沙汰になるから、湯呑みに冷や酒を汲んで舐めながら炊く。でも熱燗は、モツが炊き上がるまで辛抱する。



その間に、厚めの斜め小口切りにした牛蒡の灰汁抜きを行う。抜き過ぎるといけない。ざっとえぐ味がうすれたところでいい。



頃合いを見て、モツの鍋に粉末の鶏ガラスープを投じる。牛蒡も投じる。砂糖も投じる。味加減は好みで変わる。銀杏に切った大根と人参も入れよう。このあともぐらぐらと踊らせず、静かに炊く。



蒟蒻(こんにゃく)を忘れていた。手で千切っていちど茹ででから加える。味噌も加える。ただし味噌の全部を加えてはいけない。半分だけにする。残りは炊き上がってから、汁に溶く。あぁ、はやく食べたい。冷や酒で冷えきった胃の腑に、熱いのをすっと流し込みたい。


蒟蒻を加えて一時間ほど過ぎただろうか。もうやわらかい。臭みなど、どこにもない。残りの味噌を溶いて、器に盛って、いただく。まだ昼だというのに、これまでの冷や酒で、だいぶ出来上がっている。




こうして一年前に、白モツはモツ煮に変じた。たいそう美味かったことだけを覚えている。困ったことに、今宵これがない。しょうがないから烏賊でも、炙る。







by yabukogi | 2011-12-06 16:25 | 喰い物のこと | Trackback | Comments(6)