カテゴリ:ぶらぶらと歩くこと( 29 )


2013年 07月 20日

峠の一夜

夏の一夜を、峠で過ごした。

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あの山の裏側にある、小さな峠に向う。そこで眠るために、僕は荷物を担いで信州まつもとを離れたのだ。





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僕を乗せた列車は、歌の文句とは違って信州から甲州路へと走る。



甲府駅では、しばらく会えずにいた友が迎えてくれた。そして可愛らしいお嬢さんも。芦安でバスに乗り換え、揺られ揺られ久々の広河原。さらに、違うバスで北沢峠へ。

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あの年、冬の小梨平で酌み交わして以来。まずは乾杯。




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すぐる年、残雪の八ヶ岳以来の乾杯。そして乾杯。また乾杯。





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晩ご飯はうどん。お揚げが乗ってるのは、松本の美味い豆腐や【田内屋】さんの筑摩揚げというものを炊いたもの。



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メインディッシュは、途中のコンビニで調達した絹豆腐。



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夜の帳(とばり)が降りて、尽きぬ話を無理矢理切り上げてテントに潜り込む。みんなグッナイ。






朝。
稜線へ、山頂へと向う仲間を見送って、僕はテントをたたんだ。装備をまとめ、山を後にする。

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またバスに揺られ、バスを乗り換え、長い時間を狭い座席で過ごし甲府駅へ。



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遠ざかっていく南アルプスの山並みを肴に、ちび、ちび。



諏訪を過ぎて松本平に入れば、今度は北アの山々に出迎えられて、ウイスキーを飲み干す。
山の神さま、ありがとう。
山の仲間に、ありがとう。




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家に帰って洗濯しながら、庭の菜園から季節の恵みを頂く。
季節の恵みと言えば、そうだ、梅を干し上げねば。



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あれ。

  あ れ れ 。

何故か、このビジュアルが......

いや、去年の梅干づくりとかそういう引っかかり方じゃない。もっと直近、昨日今日の出来事と関わってる。奇妙な既視感に捕われながら、僕は数秒で凍り付いた。










 け、今朝の、峠のテント場....






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完全に一致。
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by yabukogi | 2013-07-20 13:44 | ぶらぶらと歩くこと
2013年 06月 08日

うつくしい季節を



ある宵。


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安曇野を流れる梓川のほとりに、大きな月が昇ってきた。

満月近いまぶしさに、目眩すら覚えて僕は岸辺に座り込んでしまった。ぼうっと眺めていたら、足元の流れが膨れ上がっていることにも、気付いた。上高地から乗鞍から、大量の雪代が集まっているのだ。そういえば、天狗原のあたりから、また横尾尾根の上の方から、槍沢の断崖に向って何本もの滝がかかる。初夏だけのまぼろしのような滝なのだけれど、東鎌尾根あたりから眺めてるとその迫力は凄いもので、7月半ばに消えてしまうまで、轟いている。そんなことを思い出していたら、月は高く鉢伏山の上に移っていた。



春の訪れを喜んでいたら、いつの間にか夏が兆していたようだ。

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数日後、安曇野豊科付近をうろついていたら、田植えの済んだ田んぼに、金色の光が満ち満ちている。大滝山、蝶ケ岳、常念から遠く小蓮華までの稜線のシルエットが憎い演出。

うわこれもうつくしい時間だなと、田んぼ道に座り込んでしばらく眺めてしまった。




その同じ夕方。
山越えをして家に帰ろうと、とことこカブを走らせていた。峠付近で振り返ると....

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空はあざやかな茜に染まって、燕岳稜線の向こうの輝きが、安曇野の田んぼにまで。うわあこりゃたまらんと、また座り込んでしまい、暗くなってからケツを上げた。




信州安曇野界隈、うつくしい季節を迎えている。
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by yabukogi | 2013-06-08 11:55 | ぶらぶらと歩くこと
2013年 05月 13日

森の泉の行者大蒜

この週末は外遊びを予定していたが、事情があって延期。埋め合わせに、近所の散歩に出かける。

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家から10分ぐらいの丘に立つ。歴史ある観音堂が立っており、まつもとの風景を見晴るかす。正面右の白い稜線は木曽駒ヶ岳。写真では判別できないが、左奥には南アの仙丈ヶ岳や北岳、甲斐駒も顔を出している。ここで珈琲を愉しんだのち、さらに足を進めて丘の裏にある森の奥深く....


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窪地に泉が湧く。鳥のさえずり、風が梢を揺らす音、ひそやかな水の流れの音。



3年前、ここで行者にんにくの株を、すこし掘り上げておいた。泉の周辺にはいくつかの群落があっったのだが、採り尽くされてしまったようでもう残っていない。



そうだ、僕が掘り上げたやつは、庭の片隅に定植したのだった。これをすっかり放置していた。



柿の樹の下、茂みの陰に....

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青々と葉を延ばしてる。移植しておいて良かった、とふと思う。



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元気な株から一番外側の葉っぱだけを失敬する。



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洗って水気を切って....



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たまり醤油に漬け込む。

時々取り出しては薬味に使い、残ったたまり醤油は調味料として活用しよう。
こうして穏やかな日曜日の時間が過ぎて行った。
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by yabukogi | 2013-05-13 07:12 | ぶらぶらと歩くこと
2013年 04月 29日

春の森で猿のアレを思い出す

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裏山の森に、いく筋かの小径がつけられている。
満ちてきた信州の春を愉しもうと、木漏れ日の小径をぶらぶら歩こうと、珈琲道具と水筒だけを携えてこの森に分け入った。



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芽吹きはじめたばかりの森をゆく。



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散りかかった山桜の彼方に、常念。
左側の鞍部に、微かな白い突起が出ている。これは槍ではなくて、中岳。望遠レンズを(というかちゃんとしたカメラを)持っていなかったので、ごめんなさい。



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木立の中に、山頂の三角点。



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朽ちかけた木のテーブルに、この日の珈琲セット。アルコールストーブ一式を忍ばせたマグは450ml。



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35mmフィルムケースから取り出された、カーボンフェルトのコーン。ピンぼけ失礼。
スタンドは我らが炎のマエストロ、さんぽ師匠のCFストーブのもの。



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フィルムケースに「アルコール漬け」になっていたコーンに、燃料を少し加えて点火。



おや。この形状、以前にどこかでも見たような記憶が....。



やはりそうだ。
2008年早春の烏川渓谷で見かけた、猿の排泄物。これと全く同じ形状だ。
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完全に一致。



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これが思った以上に仕事する。カーボンフェルトを芯に、というアイディアを発案・提唱、そして改良なさった先人たちの苦労を思い浮かべる。ありがとうございます。

たしかにこの形状、燃費はやや悪いものの最大瞬間風速的に、良く燃える。気化の量や空気との接触面積とか、工夫ができそうだ。今回に関しては、コーンの径と高さをもうふた回り大きくしてやれば良いか....。







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この日はインスタント珈琲で。







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山麓の麦畑が、青々と茂ってきた。雲雀のさえずりも間近だろう。
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by yabukogi | 2013-04-29 07:04 | ぶらぶらと歩くこと
2013年 04月 17日

洞山城跡でsanpoストーブ


肋骨が折れてしまって、仕事ができない。


朝から酒を喰らっててもつまらないので、珈琲道具を携えて近所の古い山城跡にあそぶ。


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(おっと! Primusの袋に入れてきてしまった。まさにひつじの皮を被った狼)


少しだけカブを走らせて、女鳥羽川の畔に立つ。この流れはやがて、松本の城下町にせせらぎの優しい音を響かせる。

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ここは、初夏の夜に蛍舞う美しい流れだ。山女魚も棲む。



橋のたもとのお宮の境内から、洞山城(早落城)へ登って行く小径がある。

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空堀が切られた松林の尾根を歩く。


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やがて狭いピーク。ここが一ノ郭だとか。こんな狭いところに籠って戦? それとも物見程度の役割なのか。




どこかで湯沸かしを、と思うが風が強い。アルコールストーブの炎が山火事を引き起こすようではいけない。

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松の木の陰に、BBQ台のようなものを見つけた。


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この日はさんぽ師匠のカーボンフェルト式アルコールストーブ。スタンドとスクリーン(風防)は自作品を用いた。

(おっと! せっかくのストーブ燃焼風景が写っていない! すみません)



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蒸らし中。アロマが立ち昇ってくる。


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眼下に、僕の住むまちも眺められる。




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珈琲セットはこんな感じ。あえてドリップ式としたため、マグとポットを組み合わせている。ポットはMLVのチタン550ml。


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1オンスのアルコール、1杯分の珈琲粉を含めて、264.0グラム。
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by yabukogi | 2013-04-17 07:42 | ぶらぶらと歩くこと
2013年 04月 06日

そして消え行くもの


物憂い土曜日の朝。


松本市街地の南の方に出かけたついでに、桜を眺めてこよう。そう、この山国のまちにも、ソメイヨシノの開花宣言が轟いたのである。くっそ寒い日々が終わりを告げ、この冬を生き延びることができた喜びをかみしめるのだ。


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カブに跨がる。半年ぶりに、グローブを嵌めずに素手で乗ってみる。

信州の冬。僕はカブで走り回る。むかし普通免許を失効したままだから、屋根も窓も暖房も無いカブで、氷点下ふた桁の凍てつく空の下を走る。寒過ぎてよく気を失ったまま走っている。指先が寒い。モンベルのアルパイン・トリガーフィンガーミトンでも寒い。痛い。



でも、桜が咲いたのだ。もう指先が凍えることも無いのだ。




弘法山、という公園緑地。

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今夜、嵐が来る。この花たちは散ってしまうだろう。

咲き始め、ということがせめてもの救い。まだほとんどがつぼみだから、嵐が去ってからゆっくり花開くがいい。



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古代の王の墳墓の上に立つ。

市街地を見晴るかし、彼方には常念山脈の連なり。王の魂魄は、いまどうして居るのだろうか。あたりに漂って、我が墓の上に騒ぐひとびとを苦々しく見下ろしているのだろうか。それとも年月とともに希薄になり、もう祟ることも護ることもしなくなったのだろうか。






桜並木にケーブルが張り巡らされていて、夜桜見物のための電球がぶら下げられていた。

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そういえば国内でのフィラメント電球は生産が終わったと聞いたことがある。おまえたちも、やがて消え去るのだ。


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帰路、市街地で木蓮の白き花を見た。圧倒的な存在感で、あたりをきなり色に染めていた。今宵、散るのだろう。







げふぉっ、げふぉっ。
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by yabukogi | 2013-04-06 13:20 | ぶらぶらと歩くこと
2013年 03月 06日

寒池の鯉

それはまだ昨年の暮れのことでした。


すぐ近所の池の畔で葦(よし)を刈るため、わたくしは鎌を携えて出かけたのでございます。

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これは年が明けた頃、大寒の頃だったように覚えておりますが、池の水面が凍り付いているようすです。遠くに見えておりますのは、鉢伏山から高ボッチへの山並みでございます。この池の北側の隅に、葦が沢山生えているのでございますよ。

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これは刈ってしまった後でございますから、池の中に少しばかり、ひとむらの刈り残しがあるだけでございます。じつは、この刈り残しには、深い訳があるのでございます。




わたくしが長靴履きで水辺に鎌を振っておりますと、葦の根元の浅いところで、なにやら水しぶきが上がっております。水鳥でも潜んでおるのだろう、その程度に思いましたわたくしは、大した注意も払っていなかったのでございます。


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だいぶんに刈り進みまして、そろそろ上に掲げました刈り残しのところに差し掛かりました時でございます。


水のおもてにしぶきを上げていたのは、水鳥ではなくて、鯉でございました。

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それも、一尺は軽く越えて一尺五寸から二尺の、まるまると肥えた野鯉でございました。その数は五匹十匹ではなく、数十の鯉たちが葦の根元でぬらぬらと固まってもつれ合い鱗をこすり合うようにうねうねと身体をうねらせているのでありました。



わたくしはずっと近くに居りましたから、逃げるのならばとっくに姿を隠していたはずであります。それが、すぐ上から覗き込んでも、逃げも隠れもしないのでありますよ。


試みに鎌を置き、手袋を脱いだ両手でそっと水の中を触ってみたのでございます。


すると、意外に滑らかでぬらりとした魚体に指先が、てのひらが触れたのでございます。そのままそっとすくいあげると、しばらく掴まれたままにしておりましたが、やがて面倒くさそうに身体をうねらせて水の中に落ちてゆきました。


うは。これは。逃げないぞ。


ばけつの様なものは無いか? 
とらまえて持って帰ろう。
数日泥を吐かせて臭みを消し、正月用に炊いてしまえ。


わたくしがあたりに視線をめぐらせて鯉を入れる容器を探していた時であります。



凄まじく冷ややかな視線を感じ、鯉たちが群れている方を再び見たのでございますよ。

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しゃああああぁあぁっ!

鯉のかしら分と思われる大きな野郎が、水面から顔を出してわたくしを睨みつけていたのであります。




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立ち去れ不心得者!



鯉のかしらは、間違いなくそう言い放ったのであります。舌なめずりしていたわたくしは、一度に冷や水を浴びせられたようにおののき、そのまま後ずさりして池を後にしたのでありました。



それからふたたび、わたくしは池の葦の茂みに近づくことが出来ず、おそろしい鯉の視線と大喝を、ふるえながら思い出すばかりにございます。
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by yabukogi | 2013-03-06 07:40 | ぶらぶらと歩くこと
2013年 02月 17日

影法師に会う

半日の空いた時間を、裏山に彷徨う。


林道にはトレースが無かった。脛までの雪をきゅうきゅう鳴らしながら、ゆっくりと歩く。

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無言で歩く時間。あまり意味の無い考え事が、いくつもいくつも去来する。やがて僕自身が、この地上を去来するひとかけらの塵でしかないことに気付かされ、苦笑。

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空は青い。その色彩には、意味があるのだ。

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雪原には無数の鹿の足跡。そういえば、この山みちに入るところには、鹿の防護策が張られていた。増え続ける鹿たちにも、きっと意味がある。



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HanWagのスーパーフリクション、モンベルのメリノだかのソックス、ユニクロのボクサーショーツ、ミズノのアンダーウエア上下、ストームゴージュアルパインパンツ、モンベルのゲイター、Marmotのハーフジップのシャツ、NorthFaceのフリースのベスト、Berghausのソフトシェル。書いても意味が無いが、寒くもない。



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雪の上に、もうひとりのおのれが居た。
お前に、何かの意味があるのか?

いくら問うても、影法師は何も答えない。





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ワカンを携えてきたが、最後まで背中に背負ったままだった。



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今日は名前の無いこの小ピークで、おしまい。
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by yabukogi | 2013-02-17 08:21 | ぶらぶらと歩くこと
2012年 10月 21日

あいしてる湖州軒

ある秋の週末のことだ。


松本城公園では、『そば祭り』が開かれていた。国宝の天守閣を囲む公園に、全国各地の新蕎麦や郷土食のブースが出る。市民もこの日を楽しみにしているようで、お城に向かって(登城でもするかのように)そぞろ歩き、また大勢の観光客が駆けつけて賑わうのだ。


僕はたまたま用事があって『そば祭り』会場を訪れ、その瞬間から、居場所を失った。ひとごみとか、賑わいとか、苦手なのだ。なるべく人影の少ない桜の樹の下にけつを据えて、知人がぽんと恵んでくれたワンカップ酒を呷る。

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【山清】という信州の蔵元で、かろやかさ、そしてきりりとした表情に個性が光る地酒をかもしている。安曇野の銘酒【廣田泉】と並んで、僕の人生には欠かせないもの。ふだんは安い紙パックだけどね。


酒のことはともかく、『そば祭り』が行われている公園で居場所も無くワンカップ酒を引っ掛けると、僕は本格的に飲みたくなってしまった。酒を。いや、酒は良いとして、そば祭り会場を離れて、なにか食べたくなった。蕎麦以外のもの、たとえば焼鳥とか寿司とか。


そこで、松本城公園を後にして、市街地にやっていそうな飲み屋を捜し始めたのだ。

お昼だった。平日なら上土の『しづか』が開けている。板長のSさんの前に座ってうなぎの白焼き! だがこの日は日曜日だった。うむむ、どこかやってないかい? 酒を飲みたくて、いや、何か食べたくて、店を探し続け、歩き続けた。うむむ、ちょうどよく飲ませてくれる、いや食べさせてくれる店が無い。

 しかたない。酒屋で立ち飲みか。
 それとも帰って、家で飲むか。

諦めてとぼとぼと帰りかける。やがて、さっきいた松本城の近くで、一軒の中華料理屋が暖簾を掲げてているのを見つけた。『湖州軒』だ。

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何度も通りかかったことがある小道だったが、『湖州軒』には入ったことが無い。うん、餃子もいいね。


2、3の常連さんらしいお客が、カウンターで飯を喰っていた。僕ははずれの方に腰をかけると、こんちはと小声で挨拶し、酒を頼む。お燗つけます? と訊かれ、いえ冷やでと返す。するとコップと徳利が出て来た。

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二代目だろうか、きびきびとしてシャープな動きの兄さん。おやっさんは常連さんと冗談を言い合っていた。


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僕の餃子。二人前だけど、僕のだ。肉汁ジューシーで味わいテイスティ、歯ざわりかりりと好ましくて食感ワンダフルな、僕の餃子だ。君のじゃない。




あいしてる、湖州軒。








店舗外観の写真をご覧になって、深川の『二笑亭』を思い出してニヤリとなさった方とは、きっと僕も友達になれると思う。
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by yabukogi | 2012-10-21 07:09 | ぶらぶらと歩くこと
2012年 09月 30日

涸川の鮠

安曇野。梓川は、干上がっていた。

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いく筋にも分かれた流れの、その本流の川底にはわずかな湧き出しが見られる。しかし、いつもは深い淵になっている橋脚の周りまで、白々とした川底を見せている。この9月、雨があまりにも少なかったのだ。



水源に当たる、槍穂稜線のある山小屋。そこでは屋根を叩く天水を雨樋からタンクに受けて、飲料水に使用している。ここの小屋番が休暇で下山して来て話してくれた。

 天水が底をついている。
 テント泊のお客に売る天水が足りなくて、
 ヘリコで荷揚げしたペットボトルを買ってもらってる。云々。





北アルプスに降る雨が、あまりにも少ないのだ。

気象庁・アメダスのデータを拾ってみる。


【2012年 上高地での降水量】
7月=375.0mm
8月=225.5mm
9月=64.5mm(ただし28日まで)


なんと。上高地、8月には一日で80mmの降雨の日もあったというのに、この9月は、たったの64.5mm。これでは梓川も干上がってしまう訳だ。おまけに稲刈りを前に8月には水田の水を抜いてしまう。だから松本盆地全体で地下水の水位も下がる。川底の湧き出しも、減る。


ある夕暮れ。
乾き切った梓川の広い河原の、ところどころに僅か、水溜まりや細い流れが残っている。その辺りを、バケツやタモ網を携えた人影が、何人も歩き回っていた。堤防に停められている軽トラックの荷台には、バケツがいくつも載せられていた。そしてある朝には、大きな猛禽類(トンビよりでかかった)が、大きな魚をぶら下げて飛び去って行くのを、僕は目撃した。


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翌朝、わずかになった流れを覗いてみると、何尾かの大きな鱒と、尺ほどもある大きな鮠(はや)がうようよいる。はじめは野鯉かと思えたほど大きく育った、梓川本流の鮠だ。何割かは雄だろう、尾や腹を鮮やかな紅色に染め、繁殖の季節を迎えていたのだ。


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うはっ。で、でかい鱒。でかい鮠。
みんなこれを取っ捕まえに、バケツや網を用意して来ていたのだ。



二三日後、ふたたび僕は梓川の畔に立っていた。網もバケツも持っていなかったが、金魚の餌を忍ばせていた。奴らは過密状態で、川虫なんかは喰い尽くしてしまったに違いない。きっと腹を空かせているだろう.....。


少し前に水が湧き出して、小さな水溜まりになっていた場所のひとつ。
干上がって、ほとんど乾きかけ、鳥たちが狩り尽くしたのだろう、魚の痕跡すらなかった。
嘘だ。そんなはずは。

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川底の石のひとつを持ち上げてみた。
石の下はわずかに湿り気が残っていて、数匹の鮠が屍を横たえていた。


この残された水溜まりでも水位が下がり、ついには魚体を隠すことができなくなる。鳥たちが大勢、嘴(くちばし)を突きつけてくる。この鮠たちは石の下に潜り、そのわずかな水も地下へと消え去り、鮠たちは死んだ。




 世 界 の 底 が 抜 け る 。

そういう体験を僕たちは昨年に経験している。それは突然襲って来て、いろいろなものを、文字通り僕たちの世界の一部分を、あるいは大部分を壊していった。梓川の鱒や鮠たちは、彼らの世界の底が抜ける兆しに何かに気づいていただろうか。ずいぶん水温が高いねえ。虫たちが減ったねえ。そして或る日。



僕たちの世界に起きているいろいろな変化が、僕たちの世界の底を抜いてしまうような性質のものなのか、僕には解らない。気候変動とか、そうした大きな枠組みでの事象もあるのだろうけど、たとえば日本人の身長が伸びているとか高齢化が進んでいるとか、あるいはシャツの裾をズボンに入れることをしなくなったとか。


鮠たちは、川の流れの中に居たから気づかなかったのか?
岸辺から見れば、数週間かけて川が干上がって行く様子が見て取れた。では僕たちの世界も、もっと俯瞰するような視点で眺めなければ解らないような、ある種、危機的なことが起きるんだろうか。6,550万年前に起きたとされる恐竜たちの絶滅のように、僕たちにはまだ察知できない、僕たちの「K-T境界」が、やがて訪れるのだろうか。

そんなことをぼんやり考えながら、金魚の餌を携えたまま僕は水溜まりを探し続けた。




たった今。雨が降りはじめた。
台風17号は、もの凄い量の水を、西太平洋から北アルプスへと運んでくるだろう。あの乾き切った梓川の本流にも、たっぷりの水が流れるに違いない。僕はキーボードを叩くのそろそろやめて、雨戸を閉めておくべきだろうか?
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by yabukogi | 2012-09-30 14:57 | ぶらぶらと歩くこと