カテゴリ:これから歩く山( 6 )


2011年 04月 21日

夢まぼろしの春霞

金沢のJun君と、春の霞沢岳を登ろうと約束していた。地元のにゃんこ先生も都合が付けば一緒に、と計画を進め、2011年3月22-23日の日程で陽光あふれる雪稜から上高地を見下ろし穂高を眺めるプランを立てる。しかし山行は震災の影響で延期。以下は、僕自身がモチベーションを失わないために、ここに書く。




 ◆◇◆

雲の上まで行ってきます】のJun君。昨年の5月に霞沢岳に単独トライ、この山の稜線近くに春の一夜を過ごしてきた。また幾度となく対岸の穂高の稜線に登り、この山を眺めてきた。そうしているうちに、あの岩峰のギザギザとかルンゼのいやらしいくねくねとかに、それこそ「萌え死ぬぅっ」というぐらいに惚れ込んでしまったらしい。



そこで、次のシーズンには一緒に、と約束を交わしたところ、足元が切れ落ちてるような場所が大好きな男・【コカゲイズム】のにゃんこ先生が参加してくれることになった。こうして三人で、上高地からテントを担いで森林限界手前で幕営、翌朝に霞沢岳山頂を踏み、下山は雪が締まった早い時間帯に上高地へ、という計画に着手。にゃんこ先生は年度末やら仕事やらで参加に暗雲が立ちこめるが、僕としてはまぁ、無理矢理拉致して行けばよかろうと計画を詰める。ただ僕自身、霞沢岳は夏の一般ルートしか知らない。また積雪期のバリエーションルートは久しぶり。勘が鈍ってるだろうから、六百山との縦走は考えないことにした。





地形図がないと何がナニやら... こちらから



積雪期・残雪期の霞沢岳は最近は西尾根から登られることが多いようだ。こんな日が来るだろうと、僕は以前に西尾根の末端付近を偵察だけしてある。国土交通省の建物があるところだ。正月過ぎだというのに雪からクマザサが出ていて樹林の密度も濃い。ここに突っ込むのは嫌なものだと感じたことを覚えている。しかし今回、計画段階で僕がビビりはじめたのは2,500m付近の雪稜。地元でここを何度か登っている人物(電話屋)がいて、或る夜、彼のところに情報を仕入れに出かけたのだった。聞く相手を間違えたのはこの電話屋、実に描写能力、プレゼン能力の高い男で

「いまちゃん、そりゃあねぇ、うふふ写真見る? ここがさ、ほぉぅら、ね。怖いの何のって毎回玉がきゅんってなる最高。ぐひひ」

こんなヒアリングを受けてしまったため、リッジの高度感とか墜ちた時のスピード感などが擬似的な感覚になるぐらい、僕はびびってしまったのだ。この先の岩峰は「容易に巻いた」とか「フリーで(ロープ無しで)登れた」などと記録にあるから、まあ大丈夫だろう。



しかしこの雪稜にびびる程度の技量なら、春の北ア稜線に来てはいけないのだ。そこで僕はどうしたか?



他のコースを探したのだ。



もとより、徳本峠からの一般道では、どの程度コースタイムを想定しておけば良いのか判らない。夏に無謀にも日帰りしたおり、僕は明神の分岐から山頂往復で12時間を必要としている。3月ならば2倍にして... と計算すると、一泊ではかなり時間的に厳しい行程になる。んが、哀しい主夫には、そんな休みは許されないのである。



そこで丹念に記録を読み漁り、仲間内に聞いて回り、いくつかのヒントを得た。



まず、西尾根以外にもルートが取れることが判ってきた。その中でも、釜トンネルの松本側にある赤怒谷トンネル付近に落ちている南西の無名尾根(一説にはワラビ沢尾根)は地味に面白そうである。1841ピーク、2254ピークと樹林帯を歩き通し、2254の先で幕営。地形的に西風の通り道だろうが、ブロック用の雪はたんまりあるだろう。翌朝2,450mでダケカンバ帯を抜けハイマツ=雪面を這い上がると山頂。しかしこの提案は「距離が長すぎ」とあっさり却下される。



そこで、腐れ雪ラッセルの行程を短縮しようと、釜トンネル出口から取り付くルートを考えてみる。デブリの右手から産屋沢左岸側斜面に取り付き、支流から1884コルまで標高差400mちょい、この先は上に書いた尾根のコース。幸運なことにここを登った記録に出会えて、2254ピークまで5時間とある。実現可能性が高まる。



こうして計画はどんどん具体的になってきて、天幕のこと、スコップの用意、ロープや装備を確認し合う。来週あたり、最終的なルートを打ち合わせつつ、食糧計画を組み立てて登山計画書を作ろう、と考えながらパッキングもすませる。1月に山から伐ってきた細竹も充分乾いて、これに赤布を結び、20本ほどのワンドも拵える。ワンドの長さは迷いもあったが、新雪どっさりということもなかろうと、細竹を2尺に切り揃える。僕はガス缶とアルファ米を買いに行き、そしてその翌々日に、大地震の揺れが来た。





 ◆◇◆

春が日に日に濃くなってゆく。もうすでに西尾根、南西無名尾根の下の方はブッシュが酷いだろう。来シーズンにまた計画しよう、と思っていたら、知人のクライマー(焼鳥屋)が八右衛門沢のことを話してくれた。



『日本登山大系7・槍ケ岳・穂高岳』その他の資料にあたれば、この八右衛門沢の記載は多数ある。1984-5年頃に徳本峠からの一般道が付けられるまで、この八右衛門沢がノーマルルートとされていたようなのだ。ノーマルルートとはいえ、地形図で確認すれば水平距離約1kmで標高差1,000m以上を突き上げる急なルンゼである。無雪期の記録を読むと、ノドのような狭隘部ではチョックストーンを越えて登高しており、あるいはガレ場の脆さから落石の激しさが窺える。念のために近所の松本市中央図書館にある『新日本山岳誌』(日本山岳会編)をひもとくと、1998年に起きた上高地群発地震の際に崩落が起きたのか、一般ルートとしては勧められない旨の記載がある。余談になるが98年の地震では東鎌尾根や南岳新道も崩落して使えなくなったほか、滝谷のクラシックルートも様変わりしてしまったそうだ。



それから経過した年月を考慮し、崩落は少し落ち着いているだろうと考える。5月-6月、残雪期ならではの硬い雪渓が浮き石をコンクリートしてくれているうちなら、僕にも登れるだろうか? 前述の焼鳥屋は「おめ、夏でもIII級ねぇだ、なぁにびびってるだ」と叱責をくれる。一応ふたりに打診しようと、そっと小声でJun君とにゃんこ先生にお伺いを立てて、僕は後悔した。もとより水平指向の僕とは異なって、ふたりとも歩くより攀じるほうが好きなのである。ルートの様子を伝えたら「それいい、まじでそれいい」となってしまったのだ。



下界は初夏のきざす5月の終わり頃、かのウエストン卿も登った古いルートで、僕らは雪と戯れるのだろうか?
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by yabukogi | 2011-04-21 17:32 | これから歩く山
2009年 11月 14日

そのうち白沢天狗山

白沢天狗には、昨年あたりから道が付けられたという。地元の有志の方々のご尽力で、やがて普通に登れる山になるのだろう。

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大町の市街地の北に頭をもたげる、2,000峰。爺ケ岳の東尾根から派生する白沢天狗尾根の、果てしなく地味なピークだ。ごくまれに冬の稜線に上り下りする猛者たちが北峰を通過することもあるようだが、三角点のある南峰には容易に取り付けないという、手強い山でもある。北峰と南峰間のコルへの下降には懸垂が必要という情報もある。詳しくは情報整理を経て追加しよう。
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by yabukogi | 2009-11-14 09:15 | これから歩く山
2009年 11月 13日

そのうち1,800m峰

本稿も【そのうち...】である。

常念山脈が大滝山の稜線沿いに西(霞沢岳方面)へ向かう一方、松本盆地側にも支脈を伸ばしている。ここでも登場した天狗岩もその一部。地形図に表記のあるピークをなぞると「鍋冠山(2,194.2m)、黒沢山(2,051.3m)、天狗岩(1,963.9m)と続く。で、天狗岩のてっぺんから南を眺めると、大明神山(1,642m)の手前に1,800mの鋭いピークが目立つ。


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▲右寄りのピラミダルなピークが1,800m峰、左は大明神山、遠い背景は鉢盛山


後日、大幅に追加記述する予定。
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by yabukogi | 2009-11-13 19:35 | これから歩く山
2009年 11月 13日

そのうち鹿島槍

本稿も【そのうち...】である。鹿島槍ヶ岳は何度か歩くチャンスがあったにもかかわらず、まだ訪れてはいなかった。お断りしておくが、ここでは東尾根とか天狗尾根とか、あるいは北壁・蝶型岩壁とか、そういうことには言及しない。ここはハイキングを語るブログだ。夏に一般道で赤岩尾根を往復するような話だ。


昨年は6月に日帰りしようとして、断念した。慎重にコースタイムを計算して、これなら日帰り可能か! と判断したのだが...。実は直前に赤岩尾根を降りてきた地元の某氏から状況を聞き出すチャンスがあって、尾根の上の方のトラバースが嫌らしい、と聞いて尻尾を丸めてしまったのだ。


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▲4月、まだ雪深い鹿島槍ヶ岳。

南峰のさらに布引山側をみると、すごい雪庇が落ちずに残っている。



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▲秋、大町温泉郷から見上げる


だいたいこのお山は、美しすぎるのだ。

大町温泉のあたりからは、こんなに間近に仰ぎ見ることが出来るのだ。くうう、悩ましいにも限度ってものがあるだろう? 一方、安曇野の平地からも、北を仰ぐと爺ケ岳と並んで白く輝いている。美しすぎるのだ。

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▲美ヶ原の中腹、美鈴湖付近から

眺めるだけでため息が出るというのは、こういうお山なのだ。しんぼうたまらん。


(後日、何度もしつこく追加記述を予定)
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by yabukogi | 2009-11-13 19:34 | これから歩く山
2009年 11月 13日

そのうちスバリ岳

本稿も【そのうち】ネタである。何かを期待されて来られた方には申し訳ないが、下界に過ごすフラストレーションを霧散させるためには致し方ない。書くことで押さえ込むのだ、憧憬を。お赦しありたい。


2008年7月21日、針ノ木岳から眺めた北側の稜線は、例えようもなく美しかった。

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▲マヤクボカールの上部とスバリ岳

この日も日帰りで出かけているのだが、時間さえ許せば、歩けたのかもしれない。しかし思い返せば、種池までは行けたとしても、柏原新道を降りて来る余力はなかったのだろう。べつに、くたびれ果てたら新越か種池で泊まれば良いのだろうけれど、その日、僕は初めて山小屋(針ノ木小屋)に上がり込んで食堂の飯を喰ったのだ。ビールと水、トイレ以外では、山小屋初体験と言っていい。その勢いで次の小屋に「泊めてくれ」というのも、ちと無理がある。


岩小屋沢岳とか鳴沢岳のあたりは、稜線の新緑も紅葉も美しいと聞く。ダム湖の向こうに劔を眺めて、やがて緑や紅葉と彩られるなら楽しい歩きになる。そしてその日のうちに帰ろうなどと思わず、種池の先のテン場でのんびりするのだ。来年、何が何でも歩くのだ。
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by yabukogi | 2009-11-13 18:00 | これから歩く山
2009年 11月 12日

そのうち餓鬼岳

僕はずくが足りない。ずくとは信州の土地の言葉で、「やる気」と「モチベーションの維持」という意味合いを兼ねる。「マメさ」のニュアンスも持つようだ。

あの山に行こう、あそこを歩くんだ... そう決めても僕はなかなか出かけられない。すぐ近くの山なのに、足であるカブの調子が悪かったり、天候がすぐれなかったり、漬け物を仕込む日と被ったり...。要するにずくが足りないのである。そこで、この場に「必ずここへ行くのだ!」とリストしていくために、【これから歩く山】というカテゴリを設けることにした。したがってこのカテゴリにリストされる【そのうち...】シリーズは、山行記ではない。



餓鬼岳は、いまさらながらだけれど、歩き残してる山のひとつだ。仕事場の窓から眺めれば、東沢の乗越から剣ズリにかけて凄い傾斜でせり上がり、その稜線が餓鬼岳まで続いているのが眺められる。そのうちそのうち、と思っていたらまた冬を迎えてしまって、チャンスは来年6月まで待たなければならない。しかしずくをなくさないためにも、計画についても書いておこう。


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▲合戦尾根の上部から北に眺められる剣ズリの岩峰と餓鬼岳(右)

常念山脈の北半分は、花崗岩、正確には有明山花崗岩と言われる数千万年前に生まれた基盤岩が露出しているところだ。燕岳の山頂付近の花崗岩オブジェはその一部。この花崗岩はもっと北の幕岩ともつながってる訳で、まあ地球のプレートがむき出しになってると思えば良いのだろう。




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▲美鈴湖付近から眺めた剣ズリ(左)と餓鬼岳(右)〜08/11/22撮影


餓鬼岳は、北アルプスの片隅でいくらか標高が低い(2,647m)こともあり、がきんちょ、というような感じで呼ばれたために餓鬼岳なのだ、という説がある(※1)。

ところが。

安曇野を挟んで美ヶ原付近から眺めれば(上の写真)、堂々たる姿ではないか! 手前に雲がたなびいていたりすると、高度感も出てしまってたまらない。背景になる、烏帽子岳から北葛岳にかけての稜線がやや低くなっているものだから、空をバックにすっくと立ち上がってるように見える。おまけに冬の午後の斜光線で陰影が濃く、彫りの深い男前じゃないか。

安曇野側の白沢ゲートから、討ち死に覚悟で歩けば、ワンデイでも不可能じゃない。しかし燕山荘で一泊して後、あるいは東沢のガラガラの道を登り詰めて、東沢乗越から北へ脚を伸ばす行程が一般的だろう。僕としてはどうせなら、常念山脈の北端まで歩きたいから、唐沢岳まで「通し」にせねばなるまい。この場合の下山先を七倉として、幕岩を登りに来る岩屋さんたちの下降路を使えないものだろうか、情報収集中である。唐沢岳山頂から北尾根〜ジャンクションピーク〜B沢のコルから大町の宿付近に降りる感じだろう。しかし下降ルートがえげつない懸垂下降とかならば、あっさり一般道を使おう。下降ルート使用の場合、中房、東沢の登り〜剣ズリ〜餓鬼岳(泊)〜唐沢岳〜七倉の1泊2日、一般道だと餓鬼岳小屋連泊の後に白沢コースを降りる2泊3日。

また、昭和50年頃の登山地図には、唐沢岳から葛温泉に下るダイレクトなコースが記載されていた。今でも電力会社の送電線巡視路があるから、一部区間は使えるかもしれない。いずれにしても、もう少し情報を集める必要があるということか...。


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▲3月の白沢ゲートは雪の中


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▲こちらは夏の七倉ゲート

後半のルートを唐沢岳〜大町の宿経由で組み立てできるか? このゲートの向こうから帰着できるか? それとも素直に白沢か。はたして、どんな山行になるのだろう。


※1 信濃毎日新聞社【信州山岳ガイド】の紹介ページほか
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by yabukogi | 2009-11-12 00:00 | これから歩く山