カテゴリ:里から眺める山( 11 )


2012年 04月 09日

春ですなあ...

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春ですなあ。
爛漫ですよ、うららかですよ。
一昨日まで庭の桶の水が凍っていたなんて、信じられますか。


うふふ。
上の写真、後立山あたりの主稜線から高度を下げている、
とある無名尾根ですよ。

キノコ雪、雪壁、すごいですなあ。
稜線近くには短いながらもヒマラヤ襞みたいなしましまも。
撮影は四月中旬、今ごろですよ。

うはあ、登りたくありませんな。
まあ登れないと思いますが。
厳冬期は雪崩の巣、
今ごろは上の雪庇が墜ちるたびに雪崩、
つまり冬も春も雪崩のふるさと。
いやあ、たまりませんなあ。

春ですよ、若旦那。

どこか、お出かけになってみては?






おいらですか?
お盆までは、寝ていますよ。
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by yabukogi | 2012-04-09 20:52 | 里から眺める山
2011年 04月 06日

森へ。

森へ。少しの時間だけ。たましいを休めに。


裏山の果樹園を抜けて緩やかに登り詰めていくと、そこは北アメリカプレートの、西の端っこになる。このプレートには日本列島の東半分が乗っかっており、岩盤は北米まで続いているそうだ。こう言われても現実感覚を伴わないが、これが地球科学での定説らしい。とにかく約30分、高台の森の小径を歩き、プレートの端っこに立つ。

すると安曇野の向こうには、隣のユーラシアプレートの端っこであるところの常念山脈が、ずんと聳えているというわけだ。


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芽吹きまで間がある広葉樹の森は、伸びやかに明るい。


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常念山脈は、まだまだまっ白。この辺りからは、穂高は大滝山の陰になって見えない。槍も、常念の裏に回って隠れる。




もう少し歩いて、できるだけ高い所まであがってみよう。

> 北アの山々をズーム....
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by yabukogi | 2011-04-06 14:49 | 里から眺める山
2010年 05月 16日

南を、見えたというのか?

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風薫る五月の週末。信州は好天に恵まれ、お山が呼ぶ。

僕はあいにく仕事尾根から下山できず、最悪の停滞中なのだ。しかししんぼうできなくなって、すぐ裏の丘へゆく。といっても徒歩10分、果樹園の奥の高台から残雪たっぷりの蝶ケ岳を眺める。

蝶の雪型はまだはっきりしないが、あの大斜面で尻セードしたら、キモチイだろうなあ。

>> 何が見えた?
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by yabukogi | 2010-05-16 12:46 | 里から眺める山
2010年 04月 23日

わずかに北の稜線が...

転居した先のボロ家からは、常念も槍の穂先も、まったく見えないのである。


眺められるのは、うらの丘、里山、広葉樹の森、果樹園、そして山裾に広がる田んぼ。地形的に鳥居山という高地の陰になるため、西側の山脈は見えないのだ。まあ、お山が見えると出かけたくなる。仕事に引っ越しに野暮用が溜まってるから、見えると辛い。見えないことを喜ぼうとすねた気持ちにもなる。


階上の窓辺を掃除していて、なんとなく果樹園の様子を眺めていた。その先の丘の向こう、なにやら白い稜線のようなものが見えるではないか。カメラを取りに階段を駆け下りる。あれは?


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見えてる?
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by yabukogi | 2010-04-23 10:58 | 里から眺める山
2010年 03月 21日

さらば、槍よ。常念よ。

槍と、常念と、別れの時が来た。


西を向いた僕の仕事場の窓。薄汚れたガラス越しに眺められるのは、おおきな常念と槍のとんがり。日々の仕事の合間、ちょっと首を上げるか眼球だけを回せば、その姿を眺めることができたのだ。


冬の朝。きつい徹夜を経て、窓の外にモルゲンロートが始まっていると、たましいが洗われ、救われたものだ。いっぽうでそれは歯がゆくもあり、あの凍てつく稜線に立てば、昇りゆく太陽を眺められるのだと想像され、部屋の中で鳥肌が立つような感覚を覚えたりもした。


季節は巡る。
この窓を、この仕事場を離れる時が来たのだ。


思えば、晴天にくっきりと空をえぐる姿も美しかった。夜明けは薔薇色に、夕方は金色の光に染まる姿も、美しかった。


しかし、何と言っても忘れ得ぬ槍の勇姿とは、これに尽きる。




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槍に刺されてみたい?
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by yabukogi | 2010-03-21 10:55 | 里から眺める山
2010年 01月 30日

爪は研いだが、牙は

爪は研いだ。良く刺さるよう、研ぎ上げた。

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しかし、おのれは何をして過ごしている? ふと気が付けば、このひと月は自宅より高い所へ出かけていない。


某日仕事でほんの少し高い所に居た瞬間もあるが、通過したようなものだ。松本市にある自宅マンション(部屋)の海抜高度は、およそ610m。これは今キーを叩いているデスクの上で、という計算だ。高尾山山頂よりもやや高い。でかける時はここを出て降りて行くから、市街地の少し低いところで過ごすことになる。出先にも高層階はないから、まず間違いない。


おい、こんなことでいいのか?


そのまま近所を走れば1,500-2,000mぐらいの山はたくさんあるのに、おやおや、裏山にも近くの里山にも行かず、くすぶっていたのか、数十日も! 盆地の底に淀んだ空気を吸い続け、静電気とノイズが溜まりに貯まっているではないか。


牙を抜かれたような日々である。しかし。岩波現代文庫で『死のクレバス』(J.シンプソン著)に没頭し、また凍てつく稜線を眺め、たましいだけは研ぎ澄ましているのだ(ほんとうかっ?)。

続きでもないが
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by yabukogi | 2010-01-30 16:52 | 里から眺める山
2010年 01月 10日

お山に雪、里も雪

せわしない。

ばたばたと走り回る。安曇野あたりで用事を済ませていたら、雲が切れて常念岳が姿を見せていた。


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雪煙かと見まがうような、荒々しいガスが常念にまとわりつく。常念岳は、松本付近から仰ぐと、前常念岳(2661.8m)と本峰(2857m)が重なるため、きれいな三角錐になる。蝶ヶ岳側のごつごつも、特に午後の日差しを浴びると男前である。しかし裏側、なぜか槍ヶ岳からは山体の曲線が強調されて母なる乳房のようにやさしい姿になるから不思議だ。

まあ、続きというのも何だが...
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by yabukogi | 2010-01-10 03:34 | 里から眺める山
2009年 11月 26日

槍ヶ岳に、朝が来る

駄ネタで心苦しいのである。松本から見える槍ヶ岳に、朝の光が届く瞬間のおはなし。

幸いにして恵まれたこととして、窓から常念岳と槍の穂先が見える。有り難くてありがたくて、何物にも代え難い。ということはつまり、山に行けない日が続くと、生殺しである。以前どこかにも書いたが、鰻屋の隣に住んでいながら毎日茶漬けを喰らうが如く、時として相当に悩ましい。奔放な貴婦人の部屋に飼われた鳥籠の鳥である。

日帰りして下山後に眺めると、降りてきたことを悔やむ。ああ、嫁から家族から罵倒されようと、天幕から眺めたかったと。その苦しさが、窓辺の眺めをいっそうシリアスにする。


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冬の朝、窓辺に立つとこのようである。ふん、輝いておる。



2年分、季節だけで並べて見てみる。以前からご愛顧の方には申し訳ない。

で、続きが
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by yabukogi | 2009-11-26 00:00 | 里から眺める山
2009年 11月 19日

初冬の展望

眺めただけのお山の姿で、お茶を濁す。

北アルプスの冠雪は少し遅れ気味だけれど、11月17日の降雪で、いくらか白さを重ねている。

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▲2009年11月19日午前11時の常念岳
高曇りというのだろうか、薄墨を流したような、色彩のない風景である。



昨年いまごろは?
 と過去の写真を眺めたついでに引っ張りだしてきた。以下、お茶請け程度に、どうぞ。

そして続きは...
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by yabukogi | 2009-11-19 11:47 | 里から眺める山
2009年 11月 16日

槍ヶ岳の眺め 09/11/16

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▲2009年11月16日の朝

冬の朝。標高600mほどの松本盆地は、まだ半ば眠っている。昇る太陽の光はなかなか下界まで届かない。一方で稜線では夜明けを迎え、昨日積もった雪がまぶしいのだ。常念岳よりも、奥に聳える槍ヶ岳の穂先はいっそう白いのだ。わけもなく興奮させてくれるではないか!

そして続きは...
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by yabukogi | 2009-11-16 10:08 | 里から眺める山