カテゴリ:湯けむりのこと( 8 )


2012年 03月 23日

山田温泉 大湯


熱い。


源泉温度は68.5度というが、これがそのまま掛け流されているかのような、熱さ。檜の湯船では42--43度だと思うが、湯が濃いというのだろうか。浸っているうちにいつの間にかほどけていくような、生やさしい湯じゃない。ここの湯は硫黄臭をまとい、荒々しく身体をつつんでもみくちゃにしてくる。たとえるならば、浴槽の格闘技。こう書くと誤解なさる紳士諸賢が多そうだ、言い換えよう。上質のシングルモルトをストレートで愉しむような、そういう湯だ。




志賀高原の山ひだに抱き隠されたような、信州高山温泉郷、山峡の温泉郷である。いくつもの温泉地が松川の川沿いに湯煙を上げている。ここ山田温泉もそのひとつ。湯屋づくり、と言うらしい共同浴場が二軒あって、僕はそのひとつ「大湯」に浸かった。

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あぁ....熱い。

中は気持ちよくていつまでも出たくないのに、すぐ出てしまう。

出て冷ましているとまた中が恋しくなって飛び込む。
熱くて数分も我慢ができなくなって...

誤解なさる紳士諸賢が多そうだ。湯のインプレッションは控えておこう。




北信濃の須坂の街は蔵づくりで知られる。この街を抜けて、山田温泉に辿り着いた。

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途中振り返ると、北アの五竜がまぶしい。

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高妻山も、神々しいまでに白く染まった初冬の展望が嬉しかった。



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by yabukogi | 2012-03-23 13:53 | 湯けむりのこと
2011年 10月 29日

その男、入浴中。

ある日。


北アルプスの山懐。
某温泉某湯、秋深く、正午。


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写真奥の崖から、こんこんと湯が湧き出している。
湧出口から浴槽まで、落差にしてほんの数メートル。
加水なし、もちろん循環なんて無し。



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うぅぅ、たまらんっ!










註:アホ面を一部隠しました。また回転しました。アホは治ってません。
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by yabukogi | 2011-10-29 15:35 | 湯けむりのこと
2011年 02月 20日

上諏訪温泉・片倉館

千人風呂、という方が馴染みがある。



松本市内の温泉施設で怖い思いをしたからではないが、上諏訪の湯に浸かる。諏訪の湖は、典型的な構造盆地に生じた湖で、ここがこの列島の骨格の継ぎ目にあたることを示している。実際、湖畔に立って、あるいは高速道路から周囲を眺めてみるとそんな気になる。前方に八ヶ岳を眺めて、振り返ると穂高が聳えている。すこし高台に上がると甲斐駒方面も凛々しい。ちくしょう、この土曜日は快晴で、あの雪稜、あのリッジに立ってる人も居るだろうと想像すると、へその辺りがぷかぷか音を立てそうだ。



とにかく諏訪で用事を済ませたら、快晴の八ヶ岳と穂高の連峰が見えてしまったので、悔しさを紛らすために千人風呂に来た。ふん、僕は千人風呂より仙人池の方が好きだけどな。



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様式はごっちゃになって何式とも言えないが、大正から昭和にかけて活躍した建築家・森山松之助の作品という。以前に来たとき、うちのちびどもは「教会みたいだ」と言っていた。教会なんか行ったことないくせに。

> とにかくいい湯だなぁ
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by yabukogi | 2011-02-20 17:07 | 湯けむりのこと
2010年 11月 29日

布引温泉・御牧乃湯

千曲川のほとりの、鄙びた湯に浸かる。

同じ信濃の国でありながら、僕の住む松本安曇野あたりの風景と、東信の東御小諸あたりではまったく印象が変わる。この辺は浅間山がぽんぽん吹き出した軽石やら溶岩やらが積もったり流れたりしてできた地形だそうで、千曲川に面して大きな岩壁があったり崖ができていたり、真っ平らな松本盆地の地形に慣れ親しんだ身には不思議でたまらない。そんな川沿いの崖地形に隠れるように、【布引温泉・御牧乃湯】が湧いている。



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ある日、この湯に浸かりたくてわざわざ訪れた。【道の駅 みまき】に隣接している。御牧という名が付いていたり牧ケ原という地名がある。牧はお馬さんを育てる牧場に他ならない。都から奥州まで伸びる古代の街道【北国街道】に面した信州各地では、交通機関としてのお馬さんを飼育していたのだそうだ。北国街道では宿場ごとに十頭の馬を置け、という規定があって、浅間山麓、千曲川べりでも古代からお馬さんが草を食む光景が見られたのだろう。で、このお馬さんをとても大切にし、役目を終えたら棄てずにさばいて味わったというのが、馬刺や桜鍋の起源となる。北アのお山の帰り、湯けむりと生ビアと馬刺を楽しまれる方は多いだろうが、古代の制度には感謝した方がよろしかろうと思う。

>>さて、湯じゃ
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by yabukogi | 2010-11-29 17:01 | 湯けむりのこと
2010年 10月 11日

浅間温泉・倉下の湯

信州松本の浅間温泉には、いわゆる共同浴場という「まちの湯」が多数存在する。そのほとんどは、町会の組とか班とか、つまりご近所組合で営まれているクローズドな湯で、旅人風来がふらりと入浴できるものではない。その数10カ所ぐらいは確認できたが、民家や納屋にまぎれてもっとあるかもしれない。一方の外湯としては「枇杷の湯」や「浅間温泉会館」ほかいくつかが知られ、ガイド本やカーナビにも載ってるから、連休などはすごい混み具合。駐車場に入りきれないクルマが温泉街の路地を行ったり来たりしている。


ここ「倉下の湯」もそうした外湯のひとつなのだけれども、そのたたずまい故かクチコミ故か、訪れる人は少ないようだ。僕自身はすぐ近所に住んでいたから存在は知っていたが、入湯は今回が初めて。


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門構えというか外観というか、一見は民家そのもので看板を外したら誰にも分からない。


がらり戸を開けておとないを告げる。こんにちは、入れていただけますか? 温泉施設ならば当たり前のような、いや不自然なような声を掛け、奥から出てきたあるじと思われる男性に200円を払う。券売機とかではなくて、コインをふたつ、置く。するとあるじ殿は裏紙を束ねた帳面のようなものに何か書き付ける。男性一と「正」の字に書いたに違いない。僕はこの日、何人目の湯客であろうか。

 >> はたして、お湯は?
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by yabukogi | 2010-10-11 11:00 | 湯けむりのこと
2010年 10月 08日

露天に甚句を味わう

近所の露天風呂に出かける。

少しだけ時間が空いたのを口実にして、湯へ。美ヶ原温泉と呼んでいるが、僕には「つかまの湯」がちょうど良く思える。手元の『枕草子』には、「湯は、ななくりの湯、有馬の湯、那須の湯、つかまの湯、云々」とあり、平安の頃、この湯はみやこに聞こえるほどの名湯だったのだ。もっとも、枕草子には写本がいくつか存在し、記述もそれぞれ多少異なるようだ。だから清少納言が真実この湯を知っていたのか、いまでは分からない。「つかまの湯」は言い過ぎだ、と憚りがあれば「山辺の湯」あたりだろう。と言うには理由もある。

この源泉の湧く湯ノ原の地一帯を広く、山辺(やまべ)という。古いふるい古文書には「山家」の字を当てている。針塚古墳という川原石で覆われたおおきな古墳のほか、いくつもの塚がある。惣社(そうざ)という地名が隣接するが、惣社は総社につながる。いにしえの国府があったのだろうか。信濃の国の国府が何処であったか、じつは誰も教えてくれない。確かなことが分からないからと言う。国府が何処であったかはともかく、ふるい王朝の記憶につながるような遺跡や地名があるのだ。これだけで僕には、奈良の都の「山の辺の道」を思い出させてくれる。こんな東山道のやまぐにの片田舎の、さらに鄙びた郷をもって王朝の記憶もなにもあったものではないが、僕は勝手にそう思い込んでいる。


そんなことはどうでもよろしい。とにかく、少し空いた時間に僕は、近所の美ヶ原温泉の湯に浸かりに来たのだ。入り口で300円を払って、脱衣所で脱いで、カランの前に座る。水曜日の午前中というだけあって、観光客の姿はないようだ。ご近所のおじいちゃんたちばかりである。その中に混じって坊主頭の中年男が身体を洗って、湯に浸かる。僕は圧倒的に開放感溢れる露天風呂が好きだから、何はともあれ露天に浸かる。




露天からの眺めはない。

高い板塀を内側から仰ぐだけである。東屋(あずまや)の大きな屋根と庇にさえぎられて、空がわずかに見える。どぉんどぉんと響きを立てて源泉が流れ込む。循環させているけれど、このどぼどぼ鳴る源泉はまぎれもなく源泉で、飲める。近所のおじいちゃんたちは内風呂が好きだと見えて、外には来ない。しばらく僕が独り目をつぶって居眠りしかけていると、誰か出て来たようだ。気配がしてじゃぼんと湯が揺れる。ひと呼吸をおいてから、お約束のように「うぅむ...」とじいさんが唸る声が聞こえる。「うぅむ...」で絶句してしまったようで、一瞬、心肺のはたらきを案じた僕が薄目を開けると、はげ頭が見事なおじいさんである。このはげ頭のじいさん、ようやく呼吸が整ったのか、今度はなにやら唸りはじめる。




甚句ではないか。

このあたりの男たちは、甚句(じんく)を能(よ)くする。御柱(おんばしら)で知られる諏訪大社さんや、他にも集落ごとの小さなお宮のお祭りで、木遣りやこうした甚句が披露されたりする。いわば、集落ごと、地区ごとに無数の節回しが存在するのだ。甚句によって異なるが、囃子詞を待つのか間延びした箇所もあれば、やや緊迫した部分もある。しかし共通してどこまでものどかなのだ。この春、鳳凰へ向うため、僕は松本駅から中央線の夜遅い上り列車に乗った。その頃、諏訪や茅野では御柱のお祭りの真っ最中。その日の祭りを終えてお神酒をしこたま飲んだ男たちが列車に乗ってくる。ラッパを持つ者、オンベを抱えた者...。がらがらの車内で即興の木遣りが出たり、甚句を唸ったり、それはそれは楽しい山へのアプローチだったのだ。また脱線しかける。とにかく、露天風呂ではげ頭のじいさんが、いい具合の甚句を唸っている。それを僕は、目をつむって聴いているのだ。




旅の唄か?

のどかなのだ。七七七五、という構成があって、間と言葉がすすっと意識に入ってくる。なんとなく、いくつかの風景のような幻視が浮かぶ。軽井沢から小諸にかけて続く浅間山麓の旅の空...。あるいは、木曽路を馬籠から降りていくとき、谷がひらけてくるあのゆったりした気分...。だまって聴いているだけで、いくつもの街道の風景や旅の記憶を思い出させてくれる甚句である。くわえて、見知らぬ土地の未だ見ぬ風景に誘うようなしらべである。うん、僕も旅に出たくなる。




じゃぶりと音がして、甚句がやんだ。

じいさんが湯から出て湯船の傍らで岩の上に涼んでいる。ふたりだけだから不自然でもなく、僕の方から話しかける格好になった。演奏後にオーディエンスが拍手を贈るのと同じだ。

「おとっつぁん甚句かい、いいじゃん」

「うふぇふぇ、まぁあ、長久保甚句だ」

「どこかの馬子唄かや? 小諸の馬子唄とは違うだね」

「うふぇふぇ」

山辺の郷から南西に薄川(すすきがわ)を遡れば、和田峠に抜ける。和田峠と言えば中山道の難所で知られ、ビーナスラインが霧ヶ峰にさしかかるあたりだ。この北には長久保のまちがある。この長久保に伝わる座敷唄が、おとっつぁんがうなってくれた【長久保甚句】なのだと言う。おとっつぁんの講釈によれば、長久保は古くからの宿場街として栄え、善光寺参りの衆が宿をとったそうな。飯盛りのおなご衆も多く、旅人を迎えもてなす際にはこうした甚句が披露されたという。

「まぁず... よく知ってるだね、おとっつぁん。歴史の先生みてぇだ」

それからもひとくさり、中山道の宿場の言い伝えとか善光寺参りの「賑やかい」様子とか、武田信玄の軍勢がどうしたとか、もっと古くは黄金を携えた渡来人たちが大陸から大勢この山辺の地に移って来たとか、じつにいろいろと聞かせてくれる。うんうんと、目はつぶりながらも話はちゃんと聞いていて、僕のこころは時空を超えて旅に出ている。いいものだ、期せず露天風呂で味わい深い甚句を楽しみ街道の歴史の浪漫に浸る。こんなにも旅情が募るのは、そうか、空の高さであったか...。いつしか秋は、深まっていたのだ。



すこしくつろいで、ぬる湯で知られるこの湯でも少々のぼせてきた。おとっつぁんも同じと見えて、ちあきなおみの『喝采』を歌いながら、この物知りのはげ頭の先生、湯殿から去っていった。しかし、『喝采』の歌詞もメロディーも、どうも違う。他の歌の歌詞が混ざっている。ははぁあ、無茶苦茶ずら。ずいぶん長く詳しく歴史の講釈を賜ったが、ささらほうさら、眉に唾つけた方が良いかも知れん。

信州では、支離滅裂でいい加減なことを「ささらほうさら」と言う。
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by yabukogi | 2010-10-08 11:55 | 湯けむりのこと
2010年 02月 16日

ある日ジャグジーで

その男、この週末あたり雪の八ヶ岳で幕営ができそうである。
ある土曜日、ぼちぼち準備を整えていて、あ... と絶句する。


男は、ちかくの山道具屋【ブンリン】で買ってきた2本のポール(ストック)を眺めていて、使い方を知らないことに気が付いたのだ。そう。男は、2本のポールを操って歩いたことがないのである。気が付いた男は、蒼ざめたまま立ち上がると、ラックからポールを手に取った。廊下に出て、歩く真似をしてみる。腕を振ってみる。自然に腕と足が交互に動いたことに満足した男は、ポールをラックに戻した。

くだらない話だ
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by yabukogi | 2010-02-16 17:26 | 湯けむりのこと
2010年 02月 08日

湯多里山の神/豊科

大町も白馬も、いちめんの雪景色だった。


松本市街地に、雪はない。けれども近隣から届く雪のニュース映像に誘われて、ちびどもが騒ぎ出す。そぉりっ、そぉりっ、そぉりっ。前の晩からあまりにうるさいのでそり遊びに出かける。


安曇野を北へ。松本から池田町あたりでは日陰にうっすらと残る雪だったが、大町に入ると畑が真っ白、そこは雪国だった。木崎湖では国道の両側に高い雪の壁が現れ、さのさか峠を越えると、雪はいっそう深くなる。僕らは空いているゲレンデを探しあて、スキー・ボード客の邪魔にならない斜面で遊ぶことにした。

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ちびどもはまるで仔犬だ。走り回って滑って転んで大騒ぎ。僕は並走したり引っぱり上げたりと何十回も斜面を走る、走る、走る。ときどき、滑る。

たいした続きじゃない
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by yabukogi | 2010-02-08 11:53 | 湯けむりのこと