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その男、薮の彼方に消ゆ

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2012年 05月 14日

古い山城にて

いろいろと考えを整理したくて、散歩に出かけた。

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【平瀬城】という、山城跡がある。
僕は歴史にも(何もかもだが)明るくないので、詳しくは知らない。むかし戦国の頃、甲斐の武田晴信は、越後の上杉勢に備えるべく、信濃の国の北方面へ進出を企てていた。そこで安曇野界隈の諸勢力を叩いたり懐柔したり、つまりは戦や駆け引きを繰り返した。そんな動乱の歴史の一幕に、小笠原氏の臣である「平瀬氏」が立てこもり滅んだのが、ここ平瀬城ということらしい。


そんな461年もむかしの出来事にこころを遊ばせるゆとりも無く、僕は裏山の一角からこの山城跡に向かった。

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地形図右に描かれている車道から、破線表示のあたりを歩いて「沢の湧き出し」を通り、途中から尾根に乗って「712.7三角点」で眺望を楽しみ、北側の「露岩のピーク」を確認してから尾根伝いに戻っている。どんな様子だったのだろう。



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地形図では破線の小道があることになっているが、ここは完全に獣道と化しており、鹿や猪たちのトレースが交錯しているのみ、道形すら無い。


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沢を横切るところでは湧水が見られ、ふと、あの山城まではこの水を引いたのだろうか? と思いがよぎる。戦国の頃だからどの程度の土木技術があったのか、僕には知る由もないが、たとえば太い竹をたくさん連結して樋にすれば... それとも雑兵小物たちが桶を担いで何度も往復したのだろうか。



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天井は、さまざまな緑。新芽と若葉で、視界はあまり利かない。



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尾根に乗ってから、こんどはこの尾根を下る。道は無い。山城は、西に向かって長くのびた尾根の、先端のピークに築かれている。



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目の前に、竹やぶが現れた。不思議なことである。この辺の広葉樹林の中で、いきなり篠竹の固まりを見ることは無い。ご近所のかからさんと言うお方が、ある古城跡にお出かけになった時の記述を思い出した。


【引用はじめ】

本堂の左側へ、竹林に入って行く細道がある。道標はないがここが入り口だろう。
細竹の林は、矢竹として植えられていた名残かもしれない

【引用おわり】


なるほど。戦の折、ことに篭城ともなれば「矢尽き...」ということのないように城の一角に矢竹の薮を生やしておくことは、じつに理に適っている。以前に松本城の関係者から聞いた話では、松本ご城下のさむらい屋敷でも矢竹を植えさせたうんぬん。



竹やぶはかなり密生していたが、これをくぐり抜ける。そのまま尾根を歩いてゆくと、塹壕のような切り通し状のものがいくつも現れた。ちょうど尾根そのものを断ち切るように、いくつも。

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これは他の山城跡でも見たことがある。3キロほど離れた【伊深城】や【稲倉城】でも。尾根伝いに背後から攻め込まれては敵わんと、空堀を切ってあるのだろう。この先、この空堀は稜線に突き上げるルンゼのように「主郭」と思われる尾根の先端台地手前まで数カ所を見た。




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主郭に出るところは、ちょっとした土の壁になっている。ここを、灌木を引っ掴んで登ると、城跡の台地だった。



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平坦面には説明板。

小笠原長時の重臣で天文二十年十月二十四日 武田晴信に徹底抗戦し落城 城将平瀬八郎左衛門以下二百四名 討死する

あっさりと書かれているが、僕にはじんときた。


若い頃に読んだ、池波正太郎さんの『真田太平記』。
その書き出しは信州高遠の高遠城のいくさの場面。織田勢に攻め滅ぼされるのが武田勢(仁科五郎盛信、信玄晴信の息子)と、ここ平瀬城とは立場が逆になるけれど、山城を守ってやがては攻め込まれ、そこに屍の山を築いたことには変わりない。勝敗はいくさの常、敗れれば皆で三途の川のほとりに立つだけ。そう解っていても、或る日ここで二百と四つの断末魔が... と思えば、傍らにある石碑に彫られた【鎮魂】のふた文字が重たい。


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その先に広がる草地には、三角点。


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今日は常念も稜線の山々もまぶしい。後立山の北には、白馬三山も見えていた。



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湯を沸かし、珈琲を、インスタントだけれど淹れて味わう。

そうだ。僕は今日、考え事をしたかったのだ。
下手の考え休むに似たり、だったか、結局何も答えは出てこない。
それでもお山を眺めて、何度もため息をついて、結局は出てこない答えを待つのにも飽きて、帰ることにした。


この山城が築かれた尾根のひとつ北にも、かつて砦があったそうだ。何かあるかな、と薮をくぐって訪れてみたが、露岩のあるピークで鹿の角をひとつ、拾っただけだった。

by yabukogi | 2012-05-14 16:43 | ぶらぶらと歩くこと


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