その男、酸性である。
そもそもアルカリ性の男、というのは、いかがなものか。
男は黙って酢を喰らい、酸を吐くのだ。
だから鰯(いわし)は南蛮漬け。
つまりは、マリネだ。
南蛮漬けの由来は、知らぬ。
なんでも大航海時代の南蛮船とやらに乗ってくるスペイン、ポルトガル人が伝えたという揚げ料理、あるいはビネガーとスパイスを効かせた調理のことだそうだが。
蕎麦屋で鴨南蛮というものもあるが、これはネギという香草をあしらった名残か。
とにかく、魚屋に背黒鰯(あるいはカタクチイワシ)のいいのが売られていた。
信州では珍しいことかもしれない。
とにかく数パック買い込んで、梅で煮付けたりあれこれ愉しもうと帰宅する。
はっ!
南蛮漬け。
そうだ、粉をまぶして揚げ、甘酢のタレにマリネして骨まで喰らってやろうではないか。
梅干しと醤油で煮付ける計画は反古にして、揚げることにした。じゅわー、からから。
からりと揚がったところで、塩を振って味見する。
うぉお。美味である。
このままでは全量を塩味で平らげてしまいそうなので、あわてて酢にくぐらせる。
酢と言っても、酢の半分は酒と味醂と合わせて煮切ったうえで月桂樹の葉と揚げニンニクを投じ、香り付けしてある。
出汁も加え、隠し味にコンソメを少量溶かしておく。
半分の酢は薄く砂糖を混ぜて、香りの汁と合わせる。
ここへ、揚げたてのジュウジュウ言うやつをくぐらせるのだ。
くぐらせて、漬け込むのだ。
もちろん、千切りにした人参と玉葱も。
本来ならばひと晩を休ませてやりたいが、腹が鳴ってしまってしょうがない。
二尾ばかり盛ってまた、味見する。
酢の効き加減が浅いが美味い。
フレッシュな感じが、たまらん。
明日が楽しみである。
翌朝の食卓に、いただく。
あぁ、しあわせである。
これでしばらくは、強い酸を吐くことができるだろう。