2012年 01月 02日

うどんに降りしは御鶏様なのだ

うどんを、極めた。


屋外において、ミニトランギアの鍋とトランギアのアルコールストーブでうどんを調理し、食す。このシンプルにして奥の深いテーマに取り組み、ついに極めたのだ。


伏線は、大晦日にあった。
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キッチンで、僕は御鶏様を焼いていた。御鶏様というのは、放置民のひとたちの食鳥の儀式で供えられる神聖な食べ物で、ご神体と言っても差し支えないものなのだ。この御鶏様についてはバドさんの記事に詳しい。また、ミニトランギアで御鶏様を焼くという手順などはワンダさんの記事に譲る。


とにかく、大晦日から僕は御鶏様を焼いていた。正しく書くと、焼き続けていた。


蕎麦を茹で上げる間のつまみぐらいの軽い気持ちで焼きはじめた事が、天罰を呼んだのであろう。最初の御鶏様は長男坊の胃袋に収まった。肉などなかなか食べない大豆男が、欲しいと言ってかっさらっていったのだ。続けて、家人や婆さまに持って行かれ、なかなか僕の口に回って来ない。何度もミニトランギアのフライパンで焼く羽目になり、信仰とか修行というものの厳しさを実感したり。とにかく、明けて元日にまで御鶏様をお供えする。


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ミニトラのパンではラチがあかない、と普通のフライパンでも。(この時は皮の焼きが足りていない)





二日の早朝。僕は裏山のてっぺんのお地蔵さんの脇に座り込んで、トランギアのアルコールストーブに火を灯し、寒さに震えながらうどんを作っていた。かつおベースの出汁に飽きはじめていたので、あご(トビウオの干物)出汁プラス昆布出汁、そして決め手は中華で使う粉末の「丸鶏がらスープ」。これらを薄めに仕立てる。ここへ解凍してある加ト吉の讃岐うどんが入り、トッピングが乗る。


肝心なのは、トッピングの最も重要なアイテムが御鶏様だったということだ。

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寒風に冷えきってしまっているが、あくまでも香ばしく、皮はぱりぱり。味付けは塩こしょうのみ。これをうどんつゆに浸し、噛む。溢れる肉汁がうどんつゆの加減と奏で合い響き合う。僕は、絶句する。

こ、これは...。
もはやうどんにしてうどんにあらず。
人の世の、地上の食べ物ではない。
天人天女たちが新年をことほぐ饗宴に供せられた聖麺。

こう書けば控えめであろうか。



幻眩にも似た感動に打ち震えながら、僕はミニトラの鍋を干した。小雪が舞う。鉢伏山方面のまだら雲が輝き、旭日があらわれる。薄暗かった山頂に、神々しい朝の光が届く。

何もかもが神話の世界で行われた秘事であったようにも感じられ、僕は物音を立てぬよう鍋を拭いパンを清め、装備を背に、無言で家路に着いた。
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by yabukogi | 2012-01-02 15:37 | 喰い物のこと


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