その男、薮の彼方に消ゆ

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2011年 07月 26日

ある朝、常念を眺めて

ふるさとについて、考えていた。

僕にはふるさとがない。根無し草のように生い立ちから各地を流浪しする生き方だったためか、ひとつの風土、風景にふるさとを実感することができなかったのだ。


信州松本の棲み家から眺める北アルプスの稜線は、憧憬であって故郷の原風景ではない。まぶたに浮かぶふるさとの山河とは異なって、あくまで高く遠く、こころのなかまで降りてくることは、ないのだ。もっとも、僕のまぶたに浮かぶ風景とて、ありはしないのだが....。


そんな風に考え続けていたある夏の払暁、稜線からふと東の方向を眺める。

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そこには、ふだん下界から眺め続けてきた常念が、神々しい光のなかにあった。



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朝の光線は、森羅万象すべてを描き出したいのか、どの瞬間にも表情を変える。



雲海に浮かぶ大好きな峰を、普段とは裏側から眺めている。

あの山の向こうに、大きな山体の裏側に我が街があるのだと思うと、常念こそが僕のふるさとを象徴するものであることに思い至る。そうか、今、常念を眺めながら、松本のまちを眺めているのだ。毎年楽しみにしていた深志神社・天神のお祭りも終わり、盆地の城下町はうだるような暑さに包まれる日々を迎えるのだろう。源地界隈、湧水のせせらぎが音立てる光景が、いかにも涼しげな季節を迎えるのだろう。理由も無く、目頭が熱くなる。根無し草も、いつしかふるさとを見つけたようだ。
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by yabukogi | 2011-07-26 19:00 | 北アルプス・常念山脈


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