その男、薮の彼方に消ゆ

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2011年 05月 26日

稲核菜始末記



昨年、初冬に稲核菜という信州の伝統野菜を漬け込んだ


これが大好きだという或る御仁に差し上げたところ、それはそれは鼻息を荒くなさる程にお喜びあそばされて、そのうえ勿体無いことにお褒めまで頂いてしまった。その後も折りに触れ「稲核菜は美味である」とか「稲核菜ならば飯が蓼科盛りである」とか、家々の米びつが小さくなってしまうようなことまでお書きになる。


それらを読まれたらしい別なあるお方から、「お前は稲核菜を売っているのか?」とお問合せがあった。


いや僕は食品製造販売の免許を持っていないので、友人にプレゼントしたのだ、とお答えしたのだが、「俺にも寄越せ」とおっしゃる。丁重にお断りしたのだが、その理由は、もう在庫が無いからなのである。


在庫が無いと一方的に書くだけではナントカ隠しにも似ていけないので、稲核菜の漬け物樽が底を尽き、おしまいの幾株かになったものが台所に運ばれてどのような運命をたどったか、書いておく。


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わずかに残った稲核菜の漬け物。塩抜きはせず、絞るだけに留めた。


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数日分を残しておこう。


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蕪もこれだけ。この味わいを工場長さんは「北アルプスに降る粉雪のようだ」と言う風に例えられた。



乳酸菌が働いて、味わいとしては「すっぱいぞこれは!」というテイストをまとった稲核菜は、こうしてやる。
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油を敷いた鍋に投じてとにかく強火で。



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味付けは、黒砂糖と醤油。



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こんな風にテリが出て来る。

信州では、野沢菜も同じくだが、古漬けになって酸っぱくなると、このようにすることが多い。しかし発酵食品というものは凄いもので、腐敗もせずにこうして保存が効くのだ。先人の知恵というものは、大したものである。

真夏に種を蒔いて、北アのお山がまっ白に装う頃、刈り取って漬ける。来期もたっぷり味わって、一年後の雪解けの頃に、同じように油で炒めるのだ。そしてここに、売り切れです、と書くのだろうか。





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僕は夏のビーチでもないと、ビアを飲まない。んが、この日だけは縁側で、稲核菜を肴にごくごく飲ってみた。


美味くてもだえ死ぬかと思った。
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by yabukogi | 2011-05-26 10:49 | 喰い物のこと


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