2011年 05月 24日

芋と鶏の炊込み飯

めしと具をあれこれ炊込んでみると、酒の肴になる。


ポットひとつで簡単に作れるならば山の飯にもよろしかろうと、僕なりに工夫を重ねてきた。フリーズドライの「かに汁」を具の代わりにしてみたり、魚肉ソーセージをカレーやキムチと炊込んだり。他にも記事にはしていないけれど、ワカメやツナ缶、塩エンドウ、あるいは味噌で焦がした蕎麦の実など、それはもうめくるめく味わいのハー&モニーを、小さなソロクッカーの中で奏で続けてきたのだ。


未着手の課題があった。芋である。芋を上手く使えないか思案していたのだ。先人たちの工夫はどうだろうと男の料理系の情報源を漁る。やがて辿り着いたブログは【バックパッカーの旅日記】という山歩き&食べ歩きの記録blog。そこで展開されていた『サツマイモと鶏肉の炊き込みご飯』という記事に、僕は膝を打つ思いであった。




芋を米に炊込んで、それぞれの甘みや旨味は堪能できるのだろうが、芋の味わいと米の香ばしさをつなぐ「味のブリッジ」の選択に迷っていたのだ。米と芋だけではもさもさ、ぼそぼそした単調な食感は否めない。できればジューシーでやや脂身系の食材を絡めることによって、味わいも食感も相乗的に高めてやる必要がある。小海老か? とも考えたが、どうも違う。悪くないのだが脂のコクが期待できない上、味覚のレンジが広くなり過ぎてまとまりに欠けるように思える。このように悩んでいたら、幸運にもバックパッカー氏から「鶏肉」という解を頂いたのだ。





僕の場合、味付けは、塩のみとした。素材の持ち味をどこまで引き出せるだろうか。

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材料は、安曇野コシヒカリの無洗米一合。小振り100gほどのサツマイモ、品種はベニマサリであろう。鶏肉は国産の一般モモ肉を160g、地鶏ではない。塩は粗塩ではなく、いわゆる食塩。

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サツマイモは大きめの賽ころ大にカットして流水に放つ。灰汁を流すのだ。

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鶏肉もごく小さめにカットして塩で揉む。そのまま焼鳥にするには塩っぱいだろう、というぐらいを揉む。これが溶け出した脂と合わさって飯粒を、芋をつつみ彩るのだ。

無洗米は、具を考慮して多めの300ccの水に一時間浸す。ポットはDUGのPOTIIを使用。

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これらをポットに投じ、トランギアのアルコールストーブに点火、載せる。沸騰を確認したらスプーンで軽く底から混ぜ、蓋に重しを乗せて12分、弱火を保つ。


12分を過ぎたがまだじゅうじゅう吹きこぼしている。水が多かったようだ。火から降ろさず、さらに2分ほど観察すると、水分が飛んでじぃという音がナベ底から響く。同時に限りなく好ましい香ばしさが、僕の鼻孔を襲う。あぁ... タケータ!





15分、放置する。中を覗きたいが、しんぼうを重ねる。

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開ける。混ぜる。盛る。

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いただく。





美味い。

これは、初夏ならば雨の宵、鰹やらネマガリタケやら川魚やら、そういった季節の素材で酒を愉しんだあとを、しみじみと締めるにふさわしい炊込みである。そもそも稜線での食事なら、生米を炊くまでもあるまい。生米を使うことの多い沢の旅でも、担ぎ上げた芋ではなく沢筋の素材だろう。だから本稿は、山のめしではなく家の飯としてとらまえる。下界のキャンプでも、こういう炊込みご飯がよろこばれることは、まちがいない。



しかし...。芋という素材も、奥が深いものだ。
次回は安曇野産コシヒカリの玄米、芋はベニコマチまたはアヤコマチが手に入れば理想である。さらに信州軍鶏のせせり肉でこれをこしらえたら...。あぁ... また、ごくりと喉が鳴るではないか。
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by yabukogi | 2011-05-24 09:34 | 喰い物のこと


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