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その男、薮の彼方に消ゆ

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2010年 09月 19日

奥飛騨・沢上谷 2010/09/11

沢を詰めれば稜線に出るのは道理で、少なくとも稜線につながる尾根のどこかには、達する。そう考えれば沢から山を目指すという考え方自体が至ってシンプル、枝沢の分岐を間違えなければ迷うことも無い。流れに沿って標高を上げ続けていけばいつかは稜線かピークに立てる。しかしこれは一定の勾配で滝が無い、廊下も無いという仮の話で、現実には真っ暗な谷底に横たわるゴルジュに追い返されたり、あるいはホールドもリスもない滝を前に呆然と佇むだけのこともあるだろう。これは極端として、徒渉したり泳いだり直登したり時には巻いたり、そういう身体的な使い方をあらゆる場面で考え続け判断し続けながら上へ上へと向っていく沢登りという様式には、醍醐味と美学がある。


今回訪れた沢、奥飛騨の沢入谷沢上谷(訂正:そうれだに)の場合は稜線には届かず、山脈から少し離れた里山を流れ降りてくるような沢。水源は中央分水嶺に発し、水は日本海へ向う。標高差も勾配も大したことは無い。事実、沢登りではなくて「沢歩き」に徹することができる。これは僕にとって有り難い話で、要するにワザを求められない登りならば僕にも歩ける。醍醐味と美学にはいささか欠けるかも知れないが、玉が縮み上がる思いをするよりはましなのだ。


ClubNature+のユウさんからお誘いを受けたのは、まだ初夏の頃。夏の終わりか秋の初めに奥飛騨の沢を歩こう、と。上に書いたように、「沢を登ろう」ではなく、歩けるところを選んでくれたのは僕の身体能力と玉縮みを慮ってくれたから。ユウさんご自身はふだん、凍った穂高のカベにでも平気で(いやむしろ好んで)貼り付いておられるような人なのだ。そこへ放置民のいのうえさんと英語ができない鳥さんと、姉妹でぶらぶらしておられる姉さんもご一緒くださることとなり、ユウさんのご友人も加わってにぎやかに出かけることとなった。まだ酷暑の残る9月の中旬、大人が堂々と水遊びできるというのだから、これは楽しみでたまらない。


入渓点は標高580m付近で、沢から上がる地点は1,000mをわずかに切っている。高低差400mそこそこをのんびり歩く沢だから装備はミニマムでいい、一カ所高巻き道の足場が悪いということで全員ハーネスだけは着けることにした。09時過ぎ、入渓。15分も歩いただろうか。「五郎七郎滝」への分岐となる枝沢が左から落ちている。落ちているというのは、文字通り滝になって白布を掛けてるのだ。また来る時のために、今回はスルーすることに。



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予想に違わず、また地形図から読み取れる通り、穏やかなせせらぎの中をじゃぶじゃぶと水しぶきを上げながらゆく。小さな釜を泳げばこれまた小さな滝が真っ白な飛沫を上げている。ぷはぁ、爽快極まれり。僕は沢の経験が浅く、蔵王の東面、飯豊の胎内川、あとは奥秩父を少し遡ったぐらい。同じシーズンに仲間がふたり、それぞれ別な沢の事故で死んでからは20年以上も沢に入っていない。ふたりとももう成仏してどこか高い所から見てくれているだろうから、今日は君らの分まで楽しんでやろう、久々のじゃぶじゃぶである。岩質は溶結凝灰岩か、フリクションが効いて歩きやすい。ときどき混じる赤っぽい岩だけコケが付いていて滑る。僕は地下足袋だったから、この赤い岩だけには足を載せないように歩く。









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ぷはぁあ〜たまらんっ!


枝沢に入って滝を眺めに行く。10時20分「岩洞の滝」と言うそうだ。その昔、といっても60万年ぐらい前だというから、地球史的には最近のこと。平湯温泉の北西にある「貝塩谷」あたりから吹き出した火砕流が奥飛騨一帯を覆った。厚いところでは250mを超えるというから凄いもんだ。この火砕流は積もってからも高温の状態で粒子同士が融けてくっ付き、ざくざくした灰ではなく固い岩盤を成したのだという。その岩盤が、高原川の左岸のあちこちでむき出しになってナメを作り、あるいは浸食作用でこうした崖を成し、見事な滝がいくつも架かっている。岩洞の滝もそのひとつだ。


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うん、打たせ滝、最高。


本流に戻り、きれいなナメをさらに遡行。小滝を越える。小さなゴルジュに身を沈める。楽しい。とにかく、楽しい。岩と水がかたちづくる凹凸や流れにひとつひとつ足を置き、手を添え、ときには攀じ登る。あぁ、至福。較べようのない時間がゆっくりと流れてゆく。11時30分、前方から何となく圧力のような風のようなものを感じはじめた。




なんだこれは。

なんなんだこれは。前方に忽然と姿を現した、スラブ。そのスラブにふわりと掛けられた一枚の巨大なレース。なんなのだ。よくまあ、こんな...。

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フィッシュアイでなければ大滝のこの全容を写し込むことは難しい。「蓑谷大滝」、高さ35mと後に知るが、このときは50-60mぐらいのスケールに感じる。神々は、よくまあこんな造形を創り給うたものである。何重にも重なる水音の囁き。滝壺の上空に満ちるミスト。圧力のある風がひんやりと滝壺一帯を包む。しかしどうどう鳴るような轟音はない。


小休止ののち、高巻き道へと分け入る。踏み跡はしっかりしているものの、途中いくつか枝分かれもある。広葉樹の急斜面に行き止まりを戻ったりもしながら、ぽんと仕事道に出た。仕事道を歩く区間はすぐに終わり、蓑谷大滝の上に出たようだ。探すまでもなく左側の急斜面への下降点があった。トラロープとフィックス、長い。70度ぐらいの土の斜面。僕は最後尾を矮樹の幹に掴まりながら降りると、12時25分、大滝の落ち口のすぐ上だった。ここからもナメを行く。12時45分、二俣の滝。この二俣から左側に架かる15mをフィックスロープのゴボウで登る。ぬめる。上がり切ってロープの端を見れば、細い灌木に括り付けてあるだけ。これは! 要注意というか、よく抜けなかったものだ。


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さらにこの上も、またナメ。乾いた面があったのでここで飯を喰う。1時間近く休んだだろうか、このあとも、さらにナメ。ジムニーなら走れるね。枝沢を2本ぐらい分ければ水量も減る。右岸に檜の植林があらわる。やがて小さな橋をくぐり、この林道が終了点。この時刻の記録が欠落、14時を回っていただろうか。沢上谷の穏やかな沢はまだ上流へと、きれいなナメを露出していた。


入渓地点に戻るべく林道を歩く。途中から大滝や岩洞滝を眺める箇所がある。へぇ、あの真下に居たんだねぇ...。北アの稜線も見えるが、ランドマークになるピークが見えない。どこだろう... あぁ、黒部五郎を南側から見ていたようだ。やがて地下足袋では土踏まずが痛くなる頃、ようやくクルマに戻ることができた。山の神さま、楽しさに尽きる沢歩きをありがとうございます。


ユウさんご友人と再会を約し、いのうえさんたちと松本に戻る。熱い湯と美味い飯を楽しみ、さらに酒宴となり、またひとつ忘れ得ぬ想い出が増えた。

...僕はまた今回もカメラを持たずに出かけて、皆さんからお写真お借りました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

by yabukogi | 2010-09-19 12:24 | 北ア・その他のエリア


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