その男、薮の彼方に消ゆ

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2010年 06月 03日

初夏の味わい二題

木の芽草の芽を味わう山菜の季節が過ぎると、こんな初夏の味わいである。


先日、さるお方が葉山椒の佃煮づくりに励んでおられた。乞うと有り難くもツボをご教授くださったのだ。

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木から葉をむしり取る。むしり取ったら、軸をていねいに取り除き、葉っぱをばらばらに。軸を残すと固い歯触り舌触りが好ましくない。この手間が大変で、「お裾分けに貰ったためしがない」と言われるのも、うなずけるのだ。






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灰汁が強いのだろう、いちど茹でこぼして水にさらす。流水を10分も落としただろうか。


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水気を切る。握りしめると200gぐらい。あれだけの量をむしったのに... と思えるほどだ。


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この先はお好みの味付けになる。あまり砂糖の甘みが強いとべたべたした感じになるだろう。僕は蜂蜜と黒砂糖、わずかにみりんを加えた。醤油は地元・松本の大久保醸造の逸品、酒も近所の蔵本の善哉(よいかな)。鷹の爪を加えるかを迷ったが、山椒の爽やかさだけで味わいたい、別なものは加えないことにした。

ここで山椒の実、それもまだ青々として柔らかい実があれば、これは是も非もなく加えたいところだ。味わいも香りも、格段に増すだろう。残念ながら庭の山椒の木には、実を着けたものがない。やむなく葉っぱのみで拵える。


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しばらくナベの底でぶつぶつ音をさせながらへらでかき回して、水気が飛んできたら出来上がり。酒のアテにしようか、飯を盛って載せようか。アルコールストーブで飯を炊き、これを少し拝借してテイスティングの添え物としたのは、先日に書いた通り。


僕はむかし旅先で、この葉山椒の佃煮をめぐる忘れ得ぬ思い出がある。能登の半島を歩いて旅したおり、岬の陰の小さな港町の飯屋のあるじが、手製の山椒佃煮で飯を喰わせ酒を飲ませ、宿代のない僕を数日泊めてくれたことがあるのだ。このことが時折思い出され、機会があればまた食べてみたいものだと思っていた。一度新宿の百貨店地下の老舗佃煮屋で買い求めたこともあるのだが、これが、化学調味料の人工的な味がよろしくない。TanzawaKurobeさん、ありがとうございました。こうして手作りできたことを、素直に喜んでいます。




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葉山椒を炊きながら、近所からもらった蕗があったことを思い出す。少し足りないので庭の蕗も切ってくる。


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塩水で湯がいて、冷めたところで皮を剥く。


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あとは好みの甘辛加減で炊き上げるだけ。僕が炊く時は、佃煮のように真っ黒にせず、煮物程度に味を含ませる感じ。これが、飯にも酒にも、よく合うのだ。
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by yabukogi | 2010-06-03 10:14 | 喰い物のこと


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