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その男、薮の彼方に消ゆ

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2010年 02月 25日

かりかりの東天狗岳

世界の果ての壊れた冷凍庫から這い出した僕は、つぶやいていた。

ゲイター完了なう。アイゼン確認なう。2010年2月21日朝。八ヶ岳稜線のところどころには赤いひかりが当たっているものの、黒百合のテン場には、まだ夜の澱(おり)のようなものが残っている。朝日が届くまでにはまだ時間があるだろう。既に支度をすませたHirob氏、kool8氏とうなずき合って、中山峠からではなく、静かなスリバチ側から東天狗山頂に向かうことにした。


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▲東天狗への登りから西天狗を振り返る。



かりかりにクラストした雪面を歩く。かといってモナカ状に殻だけ硬い訳じゃない。中までしっかり締まっていてスピッツェもろくに刺さらないのだ。僕が普段歩くのは、春の北アルプスぐらい。蝶や常念の日帰りだと、朝も明るくなってから稜線にたどり着く。すると雪はもうくさり始めてずぼずぼ、濡れたシャーベットのようである。そんな雪質に慣れてしまうと、この朝の雪がとてつもなく清浄なものに思えてくる。2,433高点からの踏み跡は、雪原ぶらぶら歩きのものが混ざっているのか、奇妙に錯綜している。その中から東天狗を目指しているトレースの見当をつけ、あとを拾うことにした。


足を出しながら、いくつかのことを考えようとしていた。おもに仕事のことで、帰ってくるまでに答えを出そうと思考を留保していたのだ。脳の中の小さなボックスを開けて、思考開始ボタンを押す。視界の隅に穂高が写り込む。処理が止まる。今度は手順を変えてみる。あれは劔岳! また処理が止まる。だめだ。山で何かを考えようということは、無理なんだ。とうとう僕は、考えることを諦めた。諦めた瞬間、一歩一歩がとても大切に思えてきた。そうだ、天狗岳とはいえ、僕は久しぶりに冬の森林限界超えを楽しんでいるのだ。


徐々に傾斜がきつくなり、体力あり余る二人には先行してもらう。僕はときおり立ち止まって、白湯を飲む。上に行った二人が振り返っている。あのおっさん、立ったまま凍ってるんじゃねえか? そう心配されないように、僕も動いてみせる必要があった。背中にそそり立っている北アルプスを眺める。いや、眺める振りをして休息しているのだ。中山(2,469m)の陰から姿を見せつつある後立山や白馬が見えてくる。戸隠や黒姫も現れる。うん、僕は生きている。こころから楽しんでいる。


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▲根石岳へと続く、いわば八つの主稜線。中景の黒く見える尾根は硫黄岳から北東に伸びる尾根、さらに雲海の向こうには奥秩父の山々が見えている。


ふたりは稜線にあがったところで待っていてくれた。そこは、東天狗山頂の北にある岩塔の下で、たくさんのパーティーが中山峠方面から東天狗に向かっている。場違いな渋滞に多少戸惑いながらも、僕らも東天狗までやって来た。山頂には、誇張ではなくて何十人もの賑わい。その人数はみな、西天狗に向かうのだろう。コルにも西天狗にも蟻さんの行列だ。しばし展望を楽しんだら、西天狗には向かわずに下りにかかる。僕は今回、一眼レフを持って来なかった。風景も眺望も携帯で2、3枚ぱちりとやっただけ。記憶とともに薄れていくなら、それでいいと思ったのだ。


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▲左から、硫黄岳の広い山頂、赤岳、阿弥陀岳(中央)。眼の前の真っ白な塊が根石岳。遠くに鳳凰と北岳、甲斐駒ケ岳が見えている。


少し下った所で、toriさんaneさんが登ってきた。ふたりを見送り、とてもリラックスした気分で中山峠に着く。気持ちのいい森の中を少し歩いたら、そこはもう黒百合のテン場で、nut'sさんhunterさん、そしていのうえさんが談笑していた。中山で展望を楽しんできたkimatsu部長も戻ってくる。ああ、みんないい顔してる。僕よりもリラックスして山を楽しんでる。僕は結局、雪でも風景でもなく、この表情に会いにきたのだと、その瞬間に悟った。

by yabukogi | 2010-02-25 12:34 | その他の山域


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