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その男、薮の彼方に消ゆ

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2010年 02月 13日

その男、ナイトメア。

夢だとわかっていた。

夢だと判りながら、音も気配もない世界で、恐怖という圧力だけが僕にのしかかってきた。その朝早く、僕は畑薙のダム湖の上にいた。奇妙なことに、愛車の赤いリトルカブに跨がっていたのだ。なぜ舞台は、もう10年以上むかしに行った場所だったのだろう。理由もわからないまま僕は、大井川の上流のダム湖の上空遥か、あの恐怖の吊り橋を、カブで渡っていたんだ。






橋板は凍っている。どういうわけか工事の足場に使われるような穴開き鉄板が敷かれていて、その鉄板が、ベルグラに覆われたようにつるつるに凍っている。その上をリトルカブで進もうとするのだが、滑って、また突風に揺さぶられてなかなか進むことができない。幅50センチぐらいの橋板の両側は、細い鉄棒を渡してあるだけ。スケルトンである。三角の波が立つ湖面が丸見えだ。しかし鉄棒が視界に干渉して、高さが皆目分からない。1000mと言われても、そうだと思える。


恐怖に全身が硬直しているのがわかる。ものすごい吐き気が胃袋をわしづかみにしている。口の中が乾いて叫びも出て来ない。だからか、スロットルもギアもまともに操作できない。止まれば転倒、細い横棒を押しのけて遥か下にあると思われる湖面に墜ちるだけ。止まらなくてもスリップして同じ運命をたどるのだ。ついには視界も薄れてくる。


そこへ、背後から音があらわれる。無音だった世界に、突如として近づく音と気配。靴音と話し声だ。ああ! 後続のパーティーが追いついて来たのだ。大勢がごつい登山靴でがんがんと鉄板を踏み鳴らしながら近づいて来る。悪意のビブラムで鉄板を叩いている。僕の背中に迫るや、じゃまだ邪魔だと口汚く罵る。早く着かないと登山口のゲートが閉められるのだと言う。ならば僕自身も早く着かねばならない。焦る。彼らは追い越して行くと言いはじめる。後を振り向く余裕はない。リーダーとおぼしき男が耳元まで来てまた叫ぶ。道幅はない。橋板の片隅に除けてやり過ごすこともかなわない。しかし彼らは騒ぎながら追い上げてくる。吊り橋はいよいよ揺れる。気が付けば僕は、ワイヤーの間をすり抜けて、虚空に放り出されている。


しかし湖面は遠く、橋はあまりにも高い。どこまで墜ちて行くのかわからないまま、僕は夢の中で、気を失ってしまった。


その男、ナイトメア。_c0220374_13293229.jpg


by yabukogi | 2010-02-13 13:30 | 書くまでもないこと


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